島崎藤村の「新生」解説2

島崎藤村の「新生」解説1の続きです。東京堂から1961年に出版された「明治大正文学研究 特集 島崎藤村研究」から井上豊氏による“「新生」の問題”は島崎藤村が書いた「新生」についての解説です。以下、『』内の文章は左記の論文からの引用となります。また、掲載にあたって、全て現代語訳しております。島崎藤村の研究の一助になれば幸いです。

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『岸本は帰国してからは自分も新しい相手を見つけ、節子も家庭人となるようにはからうつもりであった。節子の心はすっかり岸本に傾いていた。岸本も次第に節子の切実な愛に動かされ、憐みから愛にうつっていった。こうして肉欲から出発した二人の関係は、肉欲をも叔姪のきずなをも超越して霊的な愛の世界に高められゆく。ここに復活があり、新生があった。冬の世界に春の訪れをみた。しかし岸本の心には二人の関係を秘密にしておくことの苦しさが重くのしかかっていた。岸本は己の罪過を節子の父なる兄義雄にしかしらせず、節子の母はついに告白をきくことなくして世をさった。一切を懺悔し告白して自由な世界にでようとの決意がかたく岸本をとらえた。ついに岸本は決意を実行し、姪節子との関係を作品として公にした。近親の驚きと怒りは想像のごとく、はじめから秘密主義を方針とした義雄は義絶をいいわたした。節子は台湾なる伯父民助の手もとにひきとられることになり、節子は永遠の愛を信じつつ遠く旅立つ。岸本は虚偽を憎むが故にこの挙にでたのであったが、かえってすべての関係に剣を投ずることになった。ただ二人の愛はあらゆる障害をこえて絶対的なものとなり、永遠性を獲得した。かくて絶望的な頽廃から、愛を通して宗教的な世界に到達することができた、とある。
 告白の問題に関しては岸本は再びエゴイスチックになっている。自らを自由にし節子をも救うためとはいっているが、事実においては岸本の自己救済に終った。告白が節子を不幸におとしいれるのは、常識からいっても当然予想できることであり、節子のモデルになった女性の悲惨な後半生については周知のごとくである。ただ藤村はよくひかれるように明治三十七年「藤村詩集」に序して「思えば言うぞよき。ためらわずして言うぞよき。いささかなる活動に励まされて、われも身と心を救いしなり」といい、「破戒」においても告白が重要なテーマをなあしているので、作者がデーモニッシュな創作衝動にかられる傾向の強かったことがしられる。これは詩に、「わが胸の底のここには、言いがたき秘密性(ひめごと)住めり」(落梅集)とうたい、「半生を通じて繞りに繞った憂鬱」と自ら呼んでいる心内の秘密と密接に結びついているのであろう。「新生」後半のもつ矛盾はそうした創作衝動という点から理解すべきであろう。

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 藤村の新生については、平野謙著「島崎藤村」に、新生制作のモチーフとして、恋愛からの自由、金銭からの自由、芸術的作因、の三つをあげている。が恋愛からの自由を指摘した点には曲解阿があるように思う。節子との愛欲関係については作者の叙述をすなおに受取るべきであろう。岸本は自分を愛欲の泥濘に陥れ、七転八倒の苦しみをなめさせられた運命の手をこそおれたが、これ故に節子にたいしてもはじめ怖れをもったが、次第に愛を深めていったことは否定できない。矛盾は無理な作品化から生まれたので、虚偽の愛が生んだのではなさそうである。しかし愛欲の問題が「新生」の根本テーマをなすこというまでもない。はじめ岸本は愛欲の過失をおおうため逃げようととした。が節子の純情にひかれ、相互の愛を精神的なものに高めることによって新生に到達した。ただその新生は客観的にみて節子よりは岸本のための新生であり、一方的な解決に終っているのである。トルストイの「復活」の方がより客観的にリアリスチックになっている。正宗白鳥も「自然主義盛衰史」において、「新生」と「復活」を比較し、「復活」のネフリュードフにくらべて「新生」の主人公の行為は自分勝手だとしているが、「しかしトルストイと藤村との素質の相違がここに見られるのではなくて、『復活』は作り物語であり『新生』は事実の記録であるからだ。私はトルストイが理想化した人物ネフリュードフの崇高な精神に感歎するとともに、『新生』の愚かな所行に人間通有の心境を見て苦笑するのである」と説いている。もっとも「新生」もなかば作り話にはなっているのであるが、作品化の未熟さがこうした結果を生んだのであろう。
 次に金銭からの自由については、新生に限らず藤村の生涯には金銭事情がいたましくからんでおり、藤村論としては見のがしがたいが、作品分析の立場kらはさして重要視しなくともよさそうだ。「島崎藤村」の「新生」論は愛欲事情と近世事情を重視し、芸術的作因はつけたりのように扱っているが、愛欲問題が中心をなしていることは争えないとして、金銭からの自由を重視しすぎ芸術的作因を軽くあしらっているのはどうであろうか。暗い運命をせおってうまれた藤村にとって、芸術は自己救済の血路であった。「新生」が作品化において未熟なものがあるにしても、モチーフの問題としては芸術的作因が重視されねばならない。』

島崎藤村の「新生」解説3へ続く

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