島崎藤村の「新生」解説4

島崎藤村の「新生」解説3の続きです。東京堂から1961年に出版された「明治大正文学研究 特集 島崎藤村研究」から井上豊氏による“「新生」の問題”は島崎藤村が書いた「新生」についての解説です。以下、『』内の文章は左記の論文からの引用となります。また、掲載にあたって、全て現代語訳しております。島崎藤村の研究の一助になれば幸いです。

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『白鳥は「自然主義盛衰史」において藤村の愛欲問題にふれ、「秋江の作品を読んで、よくもかく醜態を呈していると思うものもあろうが、藤村のは見かけは落着いていても、実質的には秋江以上の醜態なのだ。ああいう不倫行為があったにしても、世俗の強者はいい加減に処置していたであろう。世を恐れてフランスまで逃避したり、見苦しい煩悶苦悩はしなかったであろう。そして『新生』の主人公は、あれほど後悔懺悔の気持を味わいながら、帰朝後はまた不徳行為を続けることになったのである。浅間かしい次第である。見下げ果てた根性と言われそうである。しかし人間はかかるものと言ったような感じがして、我々を長大せしむる趣きがある。性欲を取扱う自然主義の行留りであるとも思われる、」とし、また、「藤村の秘密行為は昔雇用していた老婢には知られていたのだが、その老婢の口から伝わって世間の噂になり、新聞にでも書かれそうな情勢になったのに、藤村は感づいて、先ぐりして自分の方から芸術的にこれを告白することになったのだと、まことしやかに唱えるものもあった。実際藤村は芸術の力によって救われたのであった、」とも述べている。藤村の愚直と老獪を半々に認めつつ嘲弄したところが見えるが、「文学界」(昭和二十九年二月号以下)の「島崎藤村論」にはより立ち入った考察があり、藤村は「新生」によって救われたのでなく、これによって「藤村の文壇的地位は一層の飛躍を遂げたのである、」としている。
 いずれにしてもさまざまな誤解を生んだについては、「新生」の意図の曖昧と作品化の未熟さが原因しているようであるが、作者が「ただ一筋につながる」思いで芸術に血路を見出している点については疑う余地がなかろう。藤村の場合それは性格的であり運命的でもあって、老獪はつけたりに過ぎない。

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 「新生」は精神的な泥濘からの脱却と愛欲上の過失の償いとを根本問題としてる。とくに後者が正面の中心問題とされているから、この点につき改めて考えて見よう。
 作者は岸本のやった過失のプロセスについてはまともに描いていない。「節子は極く小さな声で、彼女が母になったことを岸本に告げた、」と簡単に結果をしるしているにすぎないが、これが岸本の生活に「嵐」をまきおこすことになる。節子はまだ愛したことも愛されたこともないようなうぶな娘であり、間違をおこしたあとで岸本にたいする愛着を強めていった。岸本も節子に愛を感じた結果こうした間違をひきおこしたのではなく、やはり後になって節子の愛情にひかれることになるので、肉欲における過失が縁になって相互に精神的に結ばれることになる。藤村の「新生」にえがかれた愛の特色は、かように肉欲から出発して次第に霊性に高められてゆくところにある。亀井勝一郎氏の「島崎藤村」にも、作者の家に流れる宿命的な血の意義をとき、また詩集の作者と読者としての愛情が結びつきの契機をなしているようにも説かれているが、藤村と姪の女性との問題としてはこうした事情が考えられるにしても、「新生」における岸本と節子との結びつきの問題としてはまともにとりあげられていない。宿命的な血の力については、不可解な結合の要因としてまともにとりあげたならば、岸本の苦悩をも一層意義深いものにし、作品としての魅力も加わったであろうが、「新生」では簡単にふれられているにすぎない。「オイディプス」など参考されていたら、より効果をあげえたのではなかろうか。
 「家」の中に、三吉が妻の留守中姪のお俊と散歩にでかけたところが、「不思議な力は不円姪の手を執らせた。それを彼は奈何することも出来なかった、」とある條りはよくひかれるが、「新生」のモデルの場合も同様な経路らしい。「不思議な力」は藤村の場合単なる本能や衝動以上の意味をもっている。これは「夜明け前」になってはっきりする。』

島崎藤村の「新生」解説5へ続く

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