井上靖による島崎藤村の解説5

井上靖による島崎藤村の解説4からの続きになります。中央公論社から1964年に出版された「日本の文学6 島崎藤村」から井上靖氏による島崎藤村の解説は、当時の藤村の偉業について明瞭に説明しており大変解りやすいのが特徴です。以下、『』内の文章は左記の解説からの引用となります。また、この解説も本頁で最後になります。おつき合い下さった皆様、ありがとうございました!島崎藤村の研究の一助になれば幸いです。

「春」
 
 「春」は明治四十一年四月から「東京朝日新聞」に連載されたもので、この作品は北村透谷(青木)と藤村(岸本)を中心に「文学界」に拠った一群の若い文学者たちの交渉やら動きを描いたもので、そっくりそのまま体験を描いてはないにしろ、はっきりと自伝的作品と言えるもので、これ以後終生変らなかった藤村の作風は一応ここにその最初の形を見せていると言っていい。「破戒」がまったくの仮構であったのに反し、藤村は「春」において、作家としての別の姿勢を見せ、小説というものに対する考え方が違って来ていることを示している。ここで取り扱われている時代は明治二十五年より二十九年までの、つまり「若菜集」が出る前の四年間である。そのころの藤村および藤村の周囲の浪漫的な若者たちの苦悩や憧憬や憂鬱や破綻などが描かれてあるので、そのころの多情多感な青年たちの生き方や、時代の風潮を知る上には好個の資料である。この作品で藤村は自分に大きい影響を与えた若き思想家透谷を熱情をこめて描いている。
 「春」は藤村の作品系譜の中では、「破戒」とは違った意味で、やはり重要な位置を占めるものであるが、藤村の作品の中では特に優れたものとは言えないと思う。人間の造形にもあいまいなところがあり、人間関係も平板で、青年たちの生活環境など説明不足や書き足りないところがあってはっきりしていない。同じ自伝的作品と言っても、「家」などに見る何でも包みかくさず書こうといった厳しさはまだ現われていない。この作品の結末で、藤村は主人公に「ああ、自分のようなものでも、どうかして生きたい」と思わせている。この表白は藤村流の一種のさわりであるには違いないが、これを一概に難ずることはできまい。どうにかして生きたいという祈りこそ藤村文学に一貫して見出せる基調音であって、これなくしては「新生」も生まれなければ「家」も生まれなかったはずである。私は藤村の最高傑作は維新変革三十年の中にこの国の動乱や推移を描いた歴史小説「夜明け前」であり、次に位するものは、自伝的作品の中で写実主義の完璧さを見せている「家」であると思う。そうした傑作を生む先駆として、この集に収められた「破戒」「春」の二長篇の持つ意味は考えられるべきであると思う。

 「千曲川のスケッチ」

 「千曲川のスケッチ」は信州小諸地方の自然と人間生活を観察し綴った小品を集めたものである。大正元年の出版であるが、書かれたのは小諸時代で、詩から散文への移行期の所産である。文章には推敲が加えられ、小諸時代のものとは異った文体になっているかと思われるが、それにしても、小諸時代の若い藤村がこれだけのものを客観的に見る眼を持っていたということは驚くべきことであり、すでにこの時代に藤村は立派に散文作家として完成していたと言っていい。ここには浪漫的な傾向はどこにも見られず、みごとに写実で終始しているのを見る。当時の北信の風俗、人情、自然は手にとるように明確に写生され、読んでいて一種爽快な美しさに打たれる。この小品集の何篇かは「破戒」にも使われている。「千曲川のスケッチ」はやはり藤村の代表作の一つとして挙ぐべきものであろう。
 以上、藤村の初期の詩や小説について述べて来たが、藤村の文学は、自伝的作風に拠った「春」以後はもちろんのこと、それ以前のものも、それを完全に鑑賞し理解するためには、藤村の生立ち、家族関係、または郷里信濃の自然などについてでけいるだけ知識を持っていることを必要とする。そうしたことについては、この小文では触れることはできなかった。亀井勝一郎、平野謙、瀬沼茂樹氏等の優れた述作があるので、それによっていただきたい。

 藤村の作品につちて私流の見方を長々と綴って来たが、この小文の筆をおくにあたって改めて痛感することは、いかなる偉大な文学者も、その作品も、それが不動の地位を築くことは、批評家、研究家の力によることが甚大であり、藤村の場合も例外でないということである。藤村は今日、日本近代文学の最高の地位に坐っており、数々の藤村に関する論文を読んでいると、時に一指も触れることのできぬような威圧感さえ感ずる。藤村にも名作もあれば失敗作もある。失敗作であっても文学史的意義においては不朽の作品もある。読者は自由に読んだ方がいい。

 藤村は生前も死後も、おびただしい数の信奉者や研究家に取り巻かれている。生前つつき廻された藤村は死後も同じようにつつき廻されている感じである。藤村の一言一句、一挙手一投足、ことごとく取り上げられて論じられている。藤村は文学者として大きな栄光に包まれ、一人の人間としては不幸であったし、ますます今後も不幸であるかも知れない。作品が栄光に包まれ、人間が不幸になって行くことは、文学者としては本望であろうし、その作家が先駆者的役割を担って偉大であればあるほど、こうした運命は免れぬものであろう。私もまた、藤村をつつき廻した一人である。「夜明け前」「家」「千曲川のスケッチ」「若菜集」の作者藤村に対して、改めて心からの敬意を表して、この稿を終える。』

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