水上瀧太郎が語る泉鏡花5

水上瀧太郎が語る泉鏡花4の続きになります。水上瀧太郎(みなかみたきたろう)は泉鏡花を師と仰ぎ、彼が1928年(昭和3年)に書いた「鏡花世界瞥見」は、1967年に筑摩書房から出版された「現代日本文学全集9 泉鏡花 徳冨蘆花」の一巻に掲載され、それから5年後の1972年に同社から発行された「現代日本文学大系5 樋口一葉・明治女流文学・泉鏡花集」ではこの解説は現代仮名遣いに改められた上で、所載されています。今回は、現代仮名遣いに改められた左記の本稿を全文『』内にて引用しております。泉鏡花の研究の一助になれば幸いです。

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『伝うる所が真ならば、或る有力なる雑誌の編集者は泉先生に創作を依頼し、その出来上るに及んで、俄かに掲載することを拒絶した。理由は簡単で、自然派にあらざる大家の作品を載せると、自然派の連中にボイコットを食うおそれがあると云うのである。
 しかし、泉先生は他人に学ぶ作家では無く、己の信ずる道をまっしぐらに進む方の選手だから、たやすく転換する事は不可能である。かなり長く続いた此の受難時代に、一層塁を高くして一人鏡花世界に閉籠ってしまった。
 けれども自然派の天下も何時迄続くわけが無い。なす可き事は相当にしとげ、数人の代表作家を世に出したが、やがて亜流の徒は本質を離れて、平俗凡庸の作品をもって安じ、身辺雑記的小説の単調に陥ってしまった。その一方に、新しい傾向の文学は、自然主義に対抗して起って来た。主として『三田文学』『スバル』『白樺』『新思潮』に拠る作家が台頭して来た。曾ては泉先生を崇拝してその門を叩き、後には自然派前線の闘士の一人として先生を価値なきもののようにいいならわした一文人は、時の非なるを知って遠く郷里へ落ちて行くに際し、先生の前に頭を垂れて、記念の揮毫を求めたときく。泉先生の真価は、更に又新しい時代の認めるところとなった。
 明治以後の文学も幾多の変遷を経て来たが、殆んどその最初から今日迄、泉先生は常に別格の一枚看板で、その作風は全然類を絶している。大体論として、明治以後の文学の特徴は、その以前のものに比して写実的である。時代時代に従って、さまざまの傾向は示しながらも、少なくとも其の描写法は、写実に即しているものが多く、然らざるものは極めて少ない。ところが泉先生は「冠弥左衛門」の昔から、写実を旨としないのである。多くの作家が希う、あるがままを描いて真実感を出す事は、先生にとっては第一義の問題で無く、先生としては、寧ろあるべからざる事を描いて迫真感を出そうとするのである。
 先生は見たものを其の儘再現させようとはしない。それよりも自分の欲する世界をつくり上げる事に努めるのである。客観世界の散文的真実には何等の興味が無く、理想世界の美を讃美する事に忙しいのである。之が先生の一切の心的活動の方向を決定する。好きと嫌いと、善玉と悪玉と、讃美と罵倒と、すべて極端なる対立を成して鏡花世界を形成する。信仰するものは極端に尊く、然らざるものは乱離惣敗である。
 先ず先生の信仰讃美の著しいあらわれは、神仏、父母、紅葉先生、江戸っ子、美人、芸術、恋愛に対する熱情である。神仏の存在は、極端に臆病で神経質の先生に、大なる安心を与えている。麹町下六番町十一番地の先生の御宅の茶の間、即ち先生と奥さんが長火鉢をさしはさんで、他の家では決して見られない泉家独特のいろいろの流儀で、日常生活の営まれている神聖にして濃厚なる情愛世界には仏壇があって、朝夕先生の信仰心を預っている。往来を歩いていても、神社仏閣の前を過ぎる時は、一々眼鏡をはずして礼拝する。神も仏も、先生にとっては大好きなお化と共にあきらかに存在するのであって、目に見えない存在だから、一層美しくなつかしく、おもうが儘の信仰の対象となるのである。

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 僕は明に世に二つの大なる超自然力のあることを信ずる。これを強ひて一纏めに命名すると、一を観音力、他を鬼神力とでも呼ばうか、共に人間はこれに対して到底不可抗力のものである。

 「おばけずきのいはれ少々と処女作」と題する談話筆記の中にこういう一節がある。二つの超自然力の前には、人間は全然無力なのであると堅く信じれば、観念小説時代のような対社会的態度を持続し得ないのは当然である。異常なる新駅の所有者泉先生は、常に鬼神力に対して畏れをいだいて居る。鬼神力は宇宙観に弥漫(びまん)しているのだ。雷の鳴る時は前以てお腹が痛み、ひとたび雷鳴が聞えれば、見栄も外聞もなく蚊帳の中にもぐり込む。泉家に於ける蚊帳の必要は、蚊の出る時節には限らない。知らない家で会合でもある時は、其処に蚊帳の用意があるか無いかが大きな心配になる。雷の次にこわいものには犬がいる。散歩好きの先生も、これあるが為にままにならない。そこで太いステッキを持って出かけるが、そのステッキを犬が見つけて、かえってあやしみはしないかという心配が起る。即ち向うから犬が来ると、折角のステッキを袖でかくして逃出さなければならない。犬はよく人の心を読む、黙って通り過ぎる人には目もくれないが、真青になって逃出す人間を見れば、追いかけ度くなる本能が猛然と起って来る。先生の恐怖は倍加される。止むを得ず犬が襲って来た時、身がわりになって貰おうというのだから、人道上許せないと反省して、おやめになる。次には奥さんといっしょに歩くことは野暮とされているので、此の手も稀にしか用いられない。屈強な車屋でも雇って散歩しようかと考えていると、しみじみ歎息しているのを聞いたが実行されたかどうか未だ審(つまびら)かにしない。
 蝿も恐い。既に「蝿を憎むの記」がある位だから、泉家に於ては、鉄瓶の口、煙管(きせる)の吸口、その外いろいろのもに、奥さん手製の筒が着せてある、中には千代紙で出来ているのもある。みんな蝿よけなのだ。生ものはあたると恐いから一切食べず、御酒はぐらぐら煮立てて飲む。海老は溺死人を食うからいけない。あれもいけない、これもいけないで、食物の種類は極めて少しに限定され、それも奥さんの手にかかったもので無ければなかなか信用しない。宿屋に泊っても食べる物は自分の部屋で煮かえし、汽車の旅で、車中アルコオル洋燈(ランプ)で饂飩(うどん)を煮て食べるというはかなさである。殊にコレラとか赤痢でもはやって来ようものなら、豆腐と煮豆の外にはお菜がなくなってしまう有様だ。

 先生の恐がる物を数えて居てはきりが無いが、もう一つ附加えれば、世間もこわいもののひとつであろう。前にも書いた通り、夫婦いっしょに家の外を歩く事を憚かるのも、世間の口を恐れるのではないだろうか、旅行はしたいが、夫婦揃って留守にしては町内の人に申訳が無いというような言葉は、先生の口から屢々きくところである。
 そういう風にこわい物が多く、それが何れも全身震え上る程のこわさなのだが、ありがたい事には一方に観音力があって、これにお縋りすれば、安心して長火鉢を向う前に、番茶の香高く、神聖にして濃厚なる情愛の世界に安住していられるのである。こわい物がこわければこわい程、観音力を信仰する力も強い。その点に於て、神も仏も信じない代りに、何事も科学の力で解釈出来ると心得ている現代一般人は、先生のような情熱をもって感謝する心を知らないのである。』

水上瀧太郎が語る泉鏡花6へ続く

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