中原中也の評論及び日記

中原中也の評論と日記の一部を以下、『』内の文章は河出書房新社が1976年に刊行した「文芸読本 中原中也」より引用したものとなります。中原中也の研究の一助になれば幸いです。

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 評論

我が詩観

 神は在る。では、私の神は善意の神か?

 ー勿論である。何故なら善意といふものが在つて然る後神が在るのではなく、神といふ一切の根源が在る「在り様」こそ善意である筈だからである。(中略)
 勿論、斯く信ずる私の上に、神の悪意の仕業とも見える事も起るであらう。けれどもそれは途中のことだ。何故なら、帰する所は、あの路(みち)この路を経(へ)た上での善意の国である筈だからだ。
 ここで一寸序(つい)でに述べたいことは、「さうか、では悪意の仕業とも見えることがあつても、関心するには及ばないのだな」と考へ勝ちな人々が少くはない。だが、悪意の仕業とも見える事が起ることもあるといふことは、起つても好いといふことではない。(中略)

 即ち、私は神の悪意の仕業とも見える事
 ー不幸や災害が起る毎(ごと)に嘆かずにはゐられない。嘆いてゐる時は神をも忘れている。然しやがて神が想ひ出されるのだ。もし想ひ出されなかつたとしたら、嘆きは何時終るといふのだ?ゴマカスといふ手段は、私にはない。神は瞬時想起されるが、またやがても消失する。私ー私の気質は、理性的ではない。(理性的ではないといふことは、理性が無いといふことではない。AはBの百倍の理性を持つていても、AはまたBの百五倍の我執を持つてゐれば、AはBより「所謂(いわゆる)感情的」である)

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 近頃流行の「文学と政治」のことに一寸言及するならば、文学の対象としては、一切物が対象となるわけだから、無論その中に政治も含まつてゐる。そこで、それに興味の持てる文士は、持てるだけ持てばいいのだし、但し政治的関心がないから、それで不可ないとか好いとか云へる筋はない。
 私は、政治のことは少しも知らないが、然し、それと文芸との関係は知つてゐる。
 又経済学や自然科学に就いても、まるで知らないが、やはり文芸との関係は知つてゐる、つまり、事物の属すべき範疇を見ることは出来るのだ。
 然る後は、縁があつて、政治に興味の持てる時もあらば興味を持つであらう。それで詩人として、どうして不可ないことがあらうか?不可ないとは云はないまでも、これでは詩人が狭量だとのやうに思へる人は、詩の世界の広さを知らないからのことであらう。私としたら、読みたい詩の百分の一も読まずに死ぬであらうと思へば、時分の子供にも詩をやつて貰ひたいくらゐのものなのだ。(中略) (抄録)』

 日記

昭和二年三月十六日(水曜日)

 私は自信に於て
 原始人だ。

 同九月二十六日(月曜)

 カンディンスキーが我々の心に訴へない所以は
 カンディンスキーがスピリットは薄いことだ。
 心がある、それでその心に適つた技巧があり得る。それ以外に遂に表現の固定性はない。』

昭和九年七月二十日 文壇に与ふる心願の書

 「虚心」ーといふ。虚心といふのは何にもない心ではなくて何でも出発し得る起点の心的状態だ。そして豊富性とは何事をか発現し終るや直ちに楽々とその虚心に立戻る能力の謂である。/賄ひならともかく、創造に際して材料の不足といふことは決して起らないのである。虚心でなく、従て直観の方式に従はず類推の方式に従ふから、材料の欠乏を感じたりも亦するのである。(抜粋)』

昭和十一年六月二十三日

 近代ー成程人々は似而非信心を棄てた。然し、棄てたといふだけで、猶何物も獲得してはゐない。
 然し、厳密に言へば、棄てたのは偉人ばかりだ。棄てさへしない一般の者は、棄てもしないがまた護りもしない。
 かくて現今は、嘲笑以外のどんな笑ひもあることではない。幼児と詩人が、微々としてその例外である。』

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