正宗白鳥が語る夏目漱石4

正宗白鳥が語る夏目漱石3の続きです。1932年に中央公論社から出版された正宗白鳥著「文壇人物評論」の夏目漱石論を現代語訳した上、左記の本から『』内において引用しております。夏目漱石の研究の一助になれば幸いです。

『「国貞画く」は、久し振りに帰省した男が旧知を訪ねる道すがらの追憶などに、情趣が豊かに漂っている訳なのだが、それでさえ、文章がいやに踊っていて、感じが私の心に伝わって来ない。「白鶯」の如きは、優にやさしい女性の心で現わしているらしいのだが、曲りくねった文章に、私の神経はじらされるばかりであった。…まだしも初期の文章の方が、いやみがなかったのではあるまいか。
 私は、昔の鏡花氏の小説のうちに、酒宴の席に、舞妓か誰かが入って来たのを形容して、「池田の宿から朝顔がまいって候」と書いてあったのを、よく思い出すのである。含蓄のある洒落で、鏡花式修辞方から言えば、一つの標本的名文句としていいのであろうが、私の心は、こういう表現法にはどうしても隨(したが)って行けないのである。

 

 夏目漱石は、泉鏡花を非凡な作者として推称していたそうである。そう言えば、漱石の文章には、鏡花に似たようなところがないでもない。「虞美人草」の中に散乱している洒落や警句には、鏡花の文章から受ける感じに似通ったものがある。一種のくさみをもった気取りである。
 これ等に氏を、旧式の文学分類法により、「ロマンチシズムの作家欄」に収めて観察すると、両者の間にいろいろな類似を見出し得られるのであるが、しかし、それは皮相な類似であろう。
 私は「虞美人草以前の漱石の作品は、少なくも過半は、発表当時に通読している。そして、運筆が自由自在で、千言立ちどころに成るといった文才を不思議に思った。「カーライル博物館」とか、「倫敦塔」とかを読んで、名文章として感心していた。当時の文壇には、鴎外以外には、こういうどっしりした文章を書く人はなかったのだが、鴎外はもっと骨っぽくて、漱石ほどの滋味を欠いていた。「草枕」を二日で書き上げたとか、「二百十日」を一日で脱稿したとかいう噂を聞いて、その筆の速さに驚いたこともあった。しかし「二百十日」だの「琴のそら音」だのは、小説としては詰まらないものではないものだと、発表当時に、私はそう思ったのであったが、当時の読後感を、私は今も改めようとは思っていない。「倫敦塔」や「草枕」などが、漱石の天分と修養とをよく発揮した作品であって、世相の描写や、人間そのものの真相を掘って行く力は、当時の彼には、まだなかったのであった。四十近くなってから筆を取り出した彼の作品には「舞姫」も「うたかたの記」もなかった。青春の悩みなどは、彼はついに描かないで済んだ。

 漱石は、よくも悪くも「虞美人草」から、小説道に踏み込んだのであった。妙なもので、小説を自己畢世の職業とすることに極まると、左右前後の人生を、小説家的眼光をもって見廻すようになるのである。それで、以前は淡々として、俳句か俳體詩でもつくるような気持ちで、心のままに筆を動かしていた漱石も、(意識的にか無意識的にか)新たなる態度で、左右を見るようになった。
 彼は、朝日新聞のお雇い作家となったがために、一歩々々人生を深く広く見るようになったのである。聡明炯眼な彼は、たとい多く書斎裡に跼蹐(きょくせき)していても、門下生や崇拝者に取り巻かれて太平楽を言っていたとしても、魯純な観察に安じていなかった。人間のいろいろな心理を見る目は光っていた。「虞美人草」は、前期の漱石の趣味に蔽(おお)われて、小説的人物は、ただお粗末な形を具えているに留まっているのだが、それからはじまって最後の「明暗」まで、彼の小説道の努力は続いた。

 しかし、四十以後に小説修業の途に上がった彼は、根本に於て変化を来すことはなかった。時代の流行に付和雷同することもなかったし、左顧右盼(さこうべん)煩悶苦悩するところもなかった。乙女小説から「蒲団」に転じた田山花袋のような自己革命など無論経験しなかった。
 彼の小説の見本は、初期の「坊っちゃん」に於て、決定されているのであった。「猫」とともに、最も広く読まれている小説で、私も三四度読んでいる訳である。先日本郷座の舞台に上演されたのも見た。読んでも面白かった。芝居でも面白かった。通俗小説としても、通俗劇としても、しめっぽいところのない、明るいお目出たい、懐疑のない、健全なものであった。漱石が日本の国民的作家となっている所以もここにあるのであろうか。英国の国民的作家として先日逝去したトマス・ハーディーが暗澹たる運命観を保持していたのとはちがっている。漱石を愛敬する日本の国民性は、しかく、明るくってお目出たくって、懐疑のない健全なものなのであろうか。外来の自然主義風の文学が、地味の適しないところに播かれた種子の如く、発育不良で繁茂しなかったも、その訳なのであろうか。』

正宗白鳥が語る夏目漱石5へ続く

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