正宗白鳥が語る夏目漱石6

正宗白鳥が語る夏目漱石5の続きです。1932年に中央公論社から出版された正宗白鳥著「文壇人物評論」の夏目漱石論を現代語訳した上、左記の本から『』内において引用しております。夏目漱石の研究の一助になれば幸いです。

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 「坊っちゃん」は、筆がキビキビしているのと、例の美文脈の低徊味よりも、事件の運びに富んでいるのと、主人公の人となりがキビキビしているので、万人向けの小説になっている。大抵の人に面白く読まれるそうである。「不如帰」や「金色夜叉」などよりも、いやみがなくって、いい通俗小説である。しかし、ここに現われているいろいろな人間は型の如き人間である。ここに現われている作者の正義観は卑近である。こういう風に世の中を見て安じていられればお目出たいものだと思われる。
 漱石が、モウパッサンの「首飾り」を非難した講演録を読んだことがあったが、そこに含まれていた非難の個所は、このフランスの作家が、作中の薄給者夫妻の長い間の苦辛を無意味なもののように取り扱った点にあった。モウパッサンに対する道徳の立ち場からの非難は、トルストイによって、峻烈に下されたのであって、そういうところに、いろいろな文学者の見解の相違が見られて面白いのであるが、トルストイ自身の描いた人間は、漱石の描いた人物のように、やすやすと道徳の支配を受けるほど薄手ではなかった。そしてトルストイの道徳観は、彼の深い悩みと表裏していた。「坊っちゃん」に現われた漱石のそれのように安価ではなかった。
 漱石の大部の「文学論」集や「文学評論」集は、彼の学殖と批判力とを充分に現わしたもので、文学研究者を裨益(ひえき)する良書である。私は学ぶところが少なくなかった。「英国十八世紀の文学評論」は、日本人の観察した西洋文学観として、これほど委曲(いきょく)を尽くしたものは、他に類がないだろうと思われる。私としては、漱石が小説は書かないでも、この調子で、英国各時代の文学史を書き残していたなら、もっと有り難かったと思っている。

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 「文学論」集の序文に於て、彼は、こう言っている。
 「倫敦に住み暮らしたる二年は、尤も不愉快の二年なり。余は、英国紳士の間にあって狼群に伍する一匹のむく犬の如く、あわれなる生活を営みたり。…帰朝後の三年有半も亦不愉快の三年有半なり。去れども、余は日本の臣民ないr。不愉快なるが故に日本を去るの理由を認め得ず。日本の臣民たる光栄と権利を有する余は、五千万人中に生息して、少なくとも五千万分の一の光栄と権利を支持せんと欲す。此光栄と権利を五千万分一以下に切り詰められたる時、余は余が存在を否定し、若しくは余が本国を去るの挙に出ずる能わず、寧ろ力の尽く限り、之を五千万分一に回復せんことを努むべし。是れ余が微少なる意志にあらず、余が意志以上の意志なり。…英国人は余を目にして神経衰弱と言えり。ある日本人は書を本国に致して余を狂気なりと言える由。…帰朝後の余も、依然として神経衰弱にして兼狂人のよしなり。親戚のものすら、之を是認するに似たり。…余が身辺の状況にして変化せざる限りは、余の神経衰弱と狂気とは、命のあらん程永続すべし。…」
 
 こう鬱勃たる不平を述べている。「猫」その他の随筆録に於てでなく「文学論」の序文に於て、精神の悩みを直裁に述べているのは面白い。そして、神経衰弱にして狂人になるがため「猫」や、「様虚集」や「鶉籠」を著わしたと、皮肉を言っている。
 「十八世紀文学論」のうちでは、スイフト論が最も光彩を放っていて、これほど微細に且つ鋭利に、スイフトを解剖し観察し翫賞(がんしょう)したのものは、英国に於てもないに違いない。サッカレーやハリズリットなどのスイフト観も、漱石に比べると見方が皮相である。そして、漱石は、この稀代の風刺家厭世家スイフトを非常に高く評価している。「不満足を現わす文学的表現」の階段を四種に分かちていろいろに例を挙げたあと、スイフトをもってそのどん詰まりとしている。』

正宗白鳥が語る夏目漱石7へ続く

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