正宗白鳥が語る夏目漱石9

正宗白鳥が語る夏目漱石8の続きです。1932年に中央公論社から出版された正宗白鳥著「文壇人物評論」の夏目漱石論を現代語訳した上、左記の本から『』内において引用しております。夏目漱石の研究の一助になれば幸いです。

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 「門」を今度はじめて読んだ。
 窓前の若葉を見上げては目を休めながら、半日足らずの時間で読通した。近く春の感じられるこの頃の時節には、私は毎年、「花よ花よとうかれぞめきし人の心も稍々(しょうしょう)鎮まりて、一輪早先の躑躅花の上を、羽弱の蝶の行き戻りする四月の末の春景色」という、北村透谷の「宿魂鏡」の書き出しの一節と、「江南四月草青々(こうなんのしがつくさせいせい)、千山花落杜鵑啼(せんざんはなおちとけんなく)」という、鴎外一派の翻訳詩集「面影」のうちに収められた平家物語鬼界ヶ島漢訳の一句を思い出すのを常例としている。これ等の平凡な詞句にも、それを初めて愛誦した当時の、少年の夢が纏綿(てんめん)としていて、私には言い知らぬ懐かしみが存するのである。我々の文学観賞には、作品それ自身の価値意外に、こういう読者各自の主観の色が添っているのである。
 私は、「門」を机上に伏せては、窓外に淀んでいる獺(おそ)い春を眺めたあるいは、漱石の他の文集にある「修善寺日記」や「思ひ出すことなど」を抜読みして、小説以上の興味を感じた。漱石自身も職業意識の伴っている小説に筆を執るよりも、こういうものの方に、自己本来の趣味を感じていたのである。

 縹紗玄黄外、生死交謝時、沓然無寄託、懸命一藕糸、命根何処是、窈窕不可知ー、孤愁落枕、又揺蕭颯悲、仰臥秋已闌、苦病欲銀髭、寥廓天猶在、高樹空余枝、対比忡悵久、晩懐無尽期。

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 病後に作られたこういう古詩を私は微吟した。そして、この詩人の気持ちがぴったり時分の気持ちに合うのを感じた。小説については、私の気持ちは何となく、彼の気持ちとそぐわないところがあるように思われるのだが。…
 しかし、「門」は、傑れた作品んである。「それから」のように理窟責めのギチギチした小説ではない。「虞美人草」のような美文で塗り潰された退屈な小説ではない。漱石は、ここに於てけばけばした美服を脱いで、袴も脱いで、平服に着替えて、楽々と浮世を語っている。例の今に面白いものを見せるぞと言ったように、読者を釣ろうとする山気がない。はじめから、腰弁夫婦の平凡な人生を、平凡な筆致で淳々と叙して行くところに、私は親しみをもって随いて行かれた。この創作態度や人間を見る目に於て、私は漱石の進境を認めた。ーそう思って読んでいた。ところが、しまいの方へ近づくと、この腰弁夫婦は異常な過去を有っていることが曝露された。私は、旧劇で、鱶七が引き抜いて金輪五郎になったのを見るようだった。安官吏宗助実は何某と変わって、急に深刻性を発揮するのに驚かされた。友人の妻を奪った彼は、「それから」の代助の生まれ変わりのような気がした。そう言えば、はじめから、何かの伏線らしい変な文句がおりおり挿まれていたのだが、他の小説とはちがって、「門」にはしみじみとした、衒気(げんき)のない世相の描写が続いていたので、私は、それだけに満足して、貧しい冴えない腰弁生活の心境に同感して、変な伏線なんかをあまり気にしなかったのであった。それほど柔順な読者であったために、後で作者のからくりが分ると、烈しい嫌悪を覚えた。宗助が正体を現わしてからの心理も一通り書けているには違いないが、真に迫ったところはなかった。鎌倉の禅寺へ行くなんか少し巫山戯ている。…作者はどの小説にもにもなぜこんな筆法を用いるのであろうか。腰弁宗助の平凡生活だけでいいではないか。作者はそれだけで世相を描出し得る手腕を有っているのである。
 思うに、責任感の強いこの作者は、新聞小説家として読者を面白がらせなければならぬと言う職業意識から、こんな余計な作為を用いたのではあるまいか。初期の漱石は、水の流るる如く雲の動く如くに筆を運んでいた。 』

纏綿(てんめん)・・・愛が深くこまやかなさま、まといつき離れにくい様子。

正宗白鳥が語る夏目漱石10へ続く

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