7/17雑記 バー「ルパン」について

写真家である林忠彦がこの表題のバーで太宰治、坂口安吾、織田作之助の写真を撮り、更にこの3人がこの場所で落ち合っていたことから、有名になった場所ですが、どうしてバーの名前が『ルパン』なのか?その理由をずっと知りたいと思っていたら、回答が若園清太郎「わが坂口安吾」に載っていました。

1976年に(株)昭和出版から出された、若園清太郎 著「わが坂口安吾」には、坂口安吾を中心として、安吾に関係のあった文士達の姿が、当時バルザックの研究家であり、多くの文士達と交遊のあった若園清太郎が親交を思い出しまとめた本です。以下、『』内の文章は、左記の本からの引用になります。
また、下記に登場する村上は種田山頭火と中原中也の研究で有名な村上護のことです。

村上 「堕落論」を書いた後、六月には「白痴」を発表しておりますね。八月は確かに、以来原稿を頼まれることも多かったでしょう。その月に太宰治とか織田作之助と座談会などもやったりして、いわゆる無頼派の作家といわれる人達と仲よくなるわけですね。
若園 ええ、そうです。
村上 銀座の「ルパン」というところに、皆が集まって……。「ルパン」というのはどんな店でしたか。
若園 あすこは、昼間はコーヒー店で、夜は飲み屋、バーですね。
村上 そこに、太宰とか織田作とかがよく行ってたんですね。
若園 文藝春秋の近くに細い筋が沢山あって、バーなんかが沢山あったんですよ。そのあたりにあったんですよ、「ルパン」は。
   このバー「ルパン」のおやじは何か好事家らしい趣味をもった人らしく、店内には古風なランプだとか、船の舵だとか、実に妙なものが飾ってありました。
村上 そこが一時は、無頼派の作家たちの巣みたいになるわけですね。
若園 「ルパン」は元朝日グラフの編集長をしていた、もう亡くなりましたけど、星野辰緒という人がつけたらしいんですよ。この人は、アルセーヌ・ルパンの翻訳をしている人ですよ。』

バー「ルパン」の命名をされた星野さんがルパンの翻訳をしていたからだったんですね。長年の謎が解けました!
残念ながら、ルパンには行ったことがありませんが、山口県周南市にある周南市美術博物館内にある林忠彦記念室では、ルパンの内装が一部再現されていて、そこにバーで撮影された太宰、織田、坂口の写真が飾ってあります。ルパンが遠方で行けない方などは、林忠彦記念室でバーの雰囲気を味わうのもいいかもしれませんね。
ちなみに、この美術博物館の1階では、林忠彦が撮影した太宰、織田、坂口のクリアファイルとポストカードを販売しております。川端康成や三島由紀夫のポストカードも売っていますので、ご興味のある方は覗いてみてはいかがでしょうか?クリアファイルは置いてある場所がお会計のカウンター離れている商品もあるため、解らない時は尋ねてみて下さい。
さて、若園清太郎「わが坂口安吾」の中で、紹介しにくいけれど、安吾の文学観について面白い座談会の内容が紹介されていたので、ここに引用します。

『このころ、いったい安吾はどのような文学観をもっていたのであろうか。『文学界』復刊号(昭和二十二年六月発行)で催された座談会「小説に就て」のなかで大要、次のような発言をしている。~中略~
 「デフォルムについて=僕は画と文学とは非常に違っていると思う。画の場合には、たとえば尻を三倍にするというようなことができるが、文学というものはそんなものじゃない。本当らしい嘘というものができる。ところが画の場合は本当らしい嘘というものはできない。尻を三倍にしなければデフォルムができない。あたり前の女体を描いたのではダメなのだ。文学はいかにもリアリティみたいにして、全然、嘘ッパチのことが言える。僕の場合なんかそういう風にしてやっている。だから、僕は今度、自叙伝みたいなものを書いて、河上徹太郎なんか出てくるが、あれはちょっと見るとリアリズムみたいに見えるが大間違いだと思う。
 物語について=小説の原型というものを、一応、物語というものであるとして、僕の考えは読む人がそれを予想しているということだ。近頃の小説というものは、自分の思ったことを言えばいいように思っているが、そうじゃなくて、読む人があるということを考えるべきだ。
 永井荷風について=僕は高く買えない。書くことに憑かれて死ぬとは思うが、小説に憑かれるのとは違うと思う。荷風は書くことに憑かれている。それだけさ、人間の必然的な悲しさというものが出て来ないのだ。何か動物的な積極的な衝動ばかりだ。~中略~
 谷崎潤一郎について=この人は遊びを知っている。しかし僕が嫌いなのは、苦しいことが遊びだということを知らないからだ。僕はもっと苦しむことが遊びだと思う。たとえば女房と亭主なんていうものは苦しみ合うものなのだ。結婚するなんていうことは苦しむことなのだ。それをこの人は知らない。常識でいっている遊びだけしか知らない。
 正宗白鳥について=谷崎は小説を書かないで済ますけれども、正宗はそれじゃ済まない。書くより外ないんだ。小説は器用で、オレはこれだけの人間だと書いている。
 里見弴について=この人は、たとえば大工とすると、われわれの住む家は造れない大工なのだ。神社とか仏閣とか、そういう言えしか造れない人なのだ。
 エロチシズムの常識について=僕は情痴文学が文学だと思っている。文学というものは情痴を書くものだ。情痴自体は非常に健康なのだ。~後略~」』

個人的に里見弴の喩えが実にわかり易くて、面白いと思いました。また、永井荷風の本質をある意味突いた言いように、小説家としてよくよく考えてある表現だと感じました。座談会で、こういったことがさらっと出て来るあたり、安吾は普段から各作家について研究ないしは勉強していたのかもしれませんね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です