杉山平一が語る織田作之助3

織田作之助の全集には、杉山平一宛の書簡が掲載されており、「夫婦善哉」が発刊された当時の状況や二人が参加していた同人雑誌「海風」についての様子が伝わってきます。終始、清明で真摯な内容の手紙類は、小説や随筆だけでしか織田作之助を知らない方にとっては、意外なほど彼を紳士に感じるかもしれません。
また、これらの手紙には戦時下にあって織田の本が発禁されてしまう苦しい旨も記述されて、当時の彼の苦労が偲ばれます。
以下、下記の『』内の文章は六月社書房より1971年に限定500部で発刊された「織田作之助研究」から現代語訳した上での引用になります。織田作之助の研究の一助になれば幸いです。

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『しかしながら彼は、これらの具体的な夥しい道具立を、一つの筋書に配列するのではない。それら道具立のしゃべるままに積み重ねて行くように見える。彼の道具のうちで、最も際立って輝いているのは、その種々の商売であろう。商売を並べるために主人公たちは転変の運命をたどるごとくである。彼にとって人の運命とは職業の転変の謂である。
「夫婦善哉」の一銭天ぷら屋、ヤトナ、剃刀屋、関東煮屋、カフェ、「放浪」の呉服屋「まからん屋」料理屋の「丸亀」、美人画売、古本屋、寿司屋、「俗臭」の露天商人、寿司屋、名雲炙、紙屑屋、古電球屋、古鉄屋、「雨」の小学教員、浄瑠璃写本師、「探し人」の歯ぶらし屋、写真館、仏壇屋、うどん屋、大道易者、「二十歳」の浄るり写本師、酒屋、薬屋、万年筆屋、金融野瀬商会、「家風」の氷屋、「美談」の風呂焚、「立志伝」の俥屋、うどん屋、丁稚、古着屋、火夫、曲芸師、等々、しかも二度三度出てくる同じ商売があり、織田の世界というものがよくわかるのだが、そして、彼の自分の世界に対する潔癖を見ることができる。「わが町」はこの商売の総ざらえをやっていて、彼の世界を一望に見る思いがする。落語家、薬局、散髪屋、相場師、羅宇しかえ屋、写真館、剃刀屋、夕刊配達、うどんの玉屋、電話消毒婦、タクシー案内嬢、関東煮屋、潜水業、運送便利屋等々……である。

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 あれは誰だ。という問いに対する答えでも「蝙蝠傘の骨を修繕してはった人の息子さんや」(わが町)という風に、具体的な商売の系譜によって説明され表明されている。
「動物集」は彼の秀作であるが、彼が人の生活を、いかに商売によって描き浮び上らせるかを示す好見本である。一寸法師でさえが如何にして喰っているかを見ている。映画に出演し、呉服屋の店先に利用され、旅行会の受付をし、土佐犬の散歩係に傭われていたというのである。同じく、質屋へ通うのに出前持の箱を用いたため繁昌したという話を並べている。彼にとっては、この商売道具がまじないのようにあがめられているという点で、象徴的である。「家風」という短篇も一途にこの商売を一本につきつめた故に、秀作となっている。
「動物集」の最後に、猫の蚤ををとる商売を本で読んで、如何に儲りそうに空想して、またそのように書いて、やってみたら一銭にもならなかった。というのがあるが、右にあげた織田の全商売に対する意見、自嘲を見るように思う。如何にして儲り、如何にして貯め、如何にして使ったか。という楽しさを楽しんでいるのであって、この、具体から、ただちに、織田は大阪の性格を描くというのは早合点であると思われる。大阪ほど実際的な実用的な性格の持主はないのだから。
 彼は町の描写でも風景なぞ描かぬ。商売を並べて行く。主人公達は如何にして働くか。どの商売で喰って行くかという努力によって運が開展して行く。一人だって遊んでいない。一々の挿話に彼はこだわらぬ。とらわれぬ。次々の商売の成行の方が大切なのだ。』

杉山平一が語る織田作之助4へ続く

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