織田作之助の随筆「大阪の詩情」2

オダサクが語る「大阪の詩情」は今回で最後になります。恐らく、最後まで読み切った後は、静かに余韻に浸りたい気持ちになるかと思いますので、先におつきあい下さった謝辞を述べておくことにします。読んで下さってありがとうございました!

以下、『』内の文章は1970年に講談社より出版された「織田作之助全集8」より「大阪の詩情」を引用しております。織田作之助の研究の一助になれば幸いです。

『大東亜戦争が勃発すると、瓦斯燈の光も大阪の町町から、姿を消してしまった。今はもう夜の町を歩いて、目につくのは、残置燈の光である。そのひそかな鈍い明りのまわりに、燈火管制下の夜の大阪のしずけさが、暈のように渦をまいている。夜の闇を吸い込んだその光を、遠くから見ると、心が、からだ全体が、すっと吸い寄せられるような気がする。しみじみとした郷愁のように遠い眺めである。

 プラネタリュウム

 大阪の詩情を語ろうとすると、どうしても明治臭くなる。大正臭くなる。誰が決めたのか、昭和の大阪には詩がないのかも知れない。あわてて御堂筋の並木道を持ち出して来ても、所詮はたいした詩もないだろう。新感覚派の詩人なら、いそいそと大阪駅のもつ白と直線のもつ新しい感覚に詩があると言うだろうが、しかし現代の文壇でも、もはや新感覚派は古くさいのである。
 してみれば、われわれは大阪駅を諦めて、御堂筋を素通りして、まず新橋まで来なければならぬ。そして、その橋のたもとを西に折れて、南側に明治大正の大阪の詩情の象徴である文楽座の櫓を見ながら、四つ橋の電気科学館まで急ごう。
 急いだ序でに、昇降機に乗れば、六階の星の劇場まで二足もないのである。
 星の劇場とは、いみじくも名づけたものである。はいって、神妙に待っていると、
「只今よりこの星の劇場でプラネタリュウム(天象儀)の実演をごらんに入れます。今日のプラネタリュウムの話題は、星の旅世界一周でございます」
 美しい女性の声で、場内放送がはじまる。
 それが終ると、場内はやがて黄昏の色に染って、一番星、二番星が天井に現れる。既に日は落ち、降るような大阪の星空が、われわれの白昼の目を奪うのである。場内は真っ暗だ。
 間もなく、プネタリュウムの機械がしずかに動くと、大阪の夜空をはなれて、われわれは星の旅の世界一周へ出発する。リオデジャネイロの空、ジャバの夜空──南十字星を流星が横切る。その鮮やかな光芒にはっと目を覚す──というのは、うっかりすると、われわれは居眠っているかも知れないのだ。バネ仕掛けの椅子に凭れて、天井の星空を見ていると、もうわれわれの頭の中に流れる時間は、夜の時間であるからだ。つまりは、プラネタリュウムの夜の描写は、実に見事なレアリティを示しているのである。
 プラネタリュウムは、独逸のカルツァイスの製作したもので、世界に二十七しかない、その第二十五番目の機械が、大阪の四ツ橋へ来て、昭和の大阪の詩情を、瞬かせているのである。』

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