正宗白鳥の「塵埃」2

正宗白鳥は、作家としてスタートする前は新聞社で働いていました。その時の経験が生かされた小説として「塵埃」を書いています。今回は、新しい登場人物も加わって舞台も社内から社外へと移ります。小説を入力するのは、自分としては初めての事ではありますが、なんだか新聞連載をしているような楽しさがありますね。勿論、締め切りもお話しも考える必要が無いからだと思いますが!

以下、『』内の文章は1921年に新潮社から発売された「白鳥傑作集」一巻から現代語訳をした上で引用しました。正宗白鳥の研究の一助になれば幸いです。

『 かく思いながら小野君を見ると、小野君は雁首のへこんだ真鍮の煙管で臭い煙草を吸いながら、社内の騒ぎの耳に入らぬように、ぼんやり窓を眺めている。まだ染々(しみじみ)話しもせぬが、頭が胡麻塩になるまで三十幾年この社に勤労しているので、この社創立以来社で育ち社で老いた三人の一人であるそうだ。
「どうです、小野さん、今夜はかねての約束を実行して、何処かで一杯やろうじゃありませんか」
 と予は小声で言った。今日は月給日なれば、どうせ一杯やらずにはいられぬので、一人よりは二人の方が興が多いから、仲間に引き込もうとした。小野君はにやりにやり笑って、暫く考えていたが、「そうですねえ、一度だけお突合いしましょうか、何処か安値な処で」と、ようやく同意らしい返事をする。
 やがて編集員は一人減り二人減り、六時になると、夜勤の津崎が懐手で、のそりのそりと入って来て、肥満な呑気な顔を電気の光にさらし、けたたましく咳をして「畜生、風を引きそうだぞ」と言いながら、袂から瓶詰めを出して、「今夜は一人で忘年会だ、給仕、鯣(するめ)でも買って来てくれ」
「又電報を間違えて睨まれんようにし給え」と、岸上は帰り仕度で二版の大刷を見ながら言った。
「なあに勤める所はきっと勤めるさ、これでもね、雪が降ろうが、風が吹こうが、子の刻までは関所を預かって、勤労無二の僕だからこそ、忝(かたじけ)なくも年末賞与大枚十円を頂戴したんじゃないか、為すべき者は忠義だね」と笑いながらいったが、急に悄気て、「しかしね、岸上君、今年は僕もつくづく歳晩の感を起したよ」
「いや僕は真面目に感じたのだ、もう夜勤も二年だが、得た所は、体量が一貫目ばかり衰えて近眼が数度を加えた位だ。実は今日昼寝から起きて考えたね、十両の恩賜は有り難いが、今年になって風邪に罹ること七度、下痢をすること三度だよ、何のことはない、肉を殺ぎ血を絞った結果だと思えば、あの僅かな金に恨みがある」

「でも君は肥ってるから、自分で自分の身を食っても食い出がすらあ、ははは」岸上は靴の音高く階子段を駈け下った。津崎は今日は珍しく不平を並べたい風で、校正の席へ来て、皺くちゃの大刷をのばし、目を顰(しか)めて点検する小野君の側へ立ち、
「小野さん、もう四五日しかありませんね」
「そうですねえ、又一つ歳を取りますよ」
「小野さんは月日を超脱してるから羨ましい、僕も去年までは自分の歳を忘れていたんだが、この暮れは妙に気になる」
 津崎という男、常に給仕を相手に、シャツ一枚になって相撲を取り、あるいは冷酒を呻って都々逸を唄ったりするので、社中の第一の気楽者と思っていたのに、今夜は魔がさしたように哀れっぽいことを言うのを、予は不思議がっていた。
「なあに歳を取るのが気になるうちが結構でさあ」
 小野君は気のない調子であったが、役目を済ますと、予を促して、早速社を退(ひ)いて、銀座の賑やかな通りへ出た。星は氷のように燦めいて、風はなくとも、皮膚の隙間に触れる空気は針のようだが、街上は暮れの忙しさを集めて活気に満ちている。で、小野君が垢染みた襟巻きに首を埋めて、元気なくしょんぼりと立っているのは、如何にもみすぼらしく、場所違いの気味がする。予は福新漬けを買って、「何処へ行こう」と聞いたが、小野君は頻りに「安値の所」を繰り返すのみである。予は京橋付近で飲食したことはないので、牛屋へでも一寸気後れがして入りかねる。いっそお馴染みの本郷にしようと、電車に乗った。予は菊坂の豆腐屋の二階を借りて自炊して、電車で通っているが、小野君は小石川諏訪町から徒歩で京橋へ行くので、嵐か大雪ででもなければ嘗てこの文明の恩沢(おんたく)に浴したことはないのである。』

恩沢(おんたく)・・・恵みのこと、利益や幸いなどをもたらすこと。

正宗白鳥の「塵埃」3へ続く

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