正宗白鳥の「塵埃」3

正宗白鳥は、作家としてスタートする前は新聞社で働いていました。その時の経験が生かされた小説として「塵埃」を書いています。今回は、お酒の席に場面が移動したせいか、”は”を沢山入力したと思いました!理由は、読めば分るかと思います。

以下、『』内の文章は1921年に新潮社から発売された「白鳥傑作集」一巻から現代語訳をした上で引用しました。正宗白鳥の研究の一助になれば幸いです。

『 本郷三丁目の停留場から一丁ばかりして、色の褪せた紺暖簾に「蛇の目鮨」と白く染め出した家がある。狭くはあり、綺麗でもないが、予が自炊の面倒な時に駆け込む、筋向かいの縄暖簾に比べれば、畳に座るだけでも勝っている。殊に此処のみは、滅多に学生が犯さないのが有り難い。本郷一面西洋料理といい、ビヤホールといい、大学や高等学校の学生が、月末に郵便局から引き出した金で、贅をやる所のみだが、此処は暖簾の汚れてるお陰か、お客は大抵予等と同類で、塵埃の中から捜し出した金を使うのだ。
 予は火鉢を真ん中に、小野君と差し向かいで座って、独断で、かき卵、ヌタ、甘煮などを命じた。小野君は乾(ひ)からびた手の甲を火鉢の上でこすっているが、食パン生涯の結果か、額に汁気がなく、目はどんよりして、何処を見ているのか分らない。
「僕にはまだ分りませんが、新聞の仕事も思った程いいものでもありませんね」と、予は黙っているのも気が詰まるから、強いて話しの緒を開いた。
「そうですとも、何をやってもねえ」と、小野君も言訳丈の返事をして、気乗りがしない。又二人は黙っている。外は車のかけ声、下駄の音、威勢よく叫ぶ声、非常の騒ぎであるが、小野君は社に居ると同じく、四面の騒ぎは耳に入らぬようで、煙草すら吸わない。神経は無くなったのであろうか感覚は消滅したのであろうか。これではパンとビフテキと、酒と茶との区別もないんであろう、二十年も座らされたきり、一つ所にじっとしているのも無理はない。生まれて以来、席は厭だ、絹蒲団に座りたいと、最初にも思ったことはないと見える。
「でも貴方はよく長く社に辛抱していますね」
「へへへへ、まあ仕方がありませんのさ」
 女中が霜膨れの手で、膳を突きつけるように並べて、銚子からは湯気が立っている。予が満々とついだのを、小野君は一口に飲み干したが、流石にこれまで無神経ではないと見え、急に人相が変わって来る。二杯三杯と、予もいい気持ちになったが、小野君は木彫りの僕に魂の入ったように、筋肉がゆるやかに動き出した。
「貴方は随分いけるようですね」
「まあ好きな方ですよ、矢張り酒という奴あ甘いもんだ」と、余瀝(よれき)を舐めて、畳の上に置いた杯を眺め、背を丸くしてぐったりしている。

「そりゃ結構だ、私なぞは酒がそんなに甘いっていう訳じゃないんだが、独り身で、外に楽もないから、仕方なしに呑むんです」
「しかし仕方なしにでも呑める方が、呑みたくても呑めんよりゃ結構でさあ、はははは、いや全く貴方が羨ましい」
「僕が羨ましいって言うんですか」
「私は悪い癖があってね、酒を呑むと、若い人が羨ましくなったり、自分の身が哀れっぽくなって仕様がないんですよ。平生は何の気なしに聞いたり見たりしたことが、急にむらむらと思い出されるんでしてな」
「そうですか、じゃ一つその思い出した所を承りたいもんだ」
 予はこの木像が何を思ってるかと、一方ならず面白くなって、矢鱈にお酌をした。
「なあに私達の思ってることはね、皆下らないことでさあ、よく原稿にある文句だが、碌々として老いるっていうのは先ず私達の事でしょう、一体碌々という文字は、先生方はどんな意味で遣ってるんか知りませんがね、私は「碌々」の中ニハいろんなつらい思いが打込まれてるんだと独り定めにしてるんです、碌々として老いるって、決して呑気にぼんやりして老いるんじゃない」と、ぐたりと垂れてる首を振ったが、急に反り身になって、「ははははは、まあ人間は若いうちうち、さ、差し上げましょう」
 と、声も艶を持って、今までの小野君の喉から出たとは思えない。
「貴方は馬鹿に長くお勤めなすったんだから、新聞生活はよく御存じでしょう、これで精勤すれば有望なものですかね」
「さあ、それですよ、全体世の中に職務を忠実に尽くしてりゃ、それで自然に立身するっていうことはあるんですかね」』

余瀝(よれき)・・・器に残ったお酒や汁などのしずく。

正宗白鳥の「塵埃」4へ続く

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