正宗白鳥の「塵埃」4

正宗白鳥は、作家としてスタートする前は新聞社で働いていました。その時の経験が生かされた小説として「塵埃」を書いています。この小説も今回で最後になります。全4回の短編小説でしたが、いかがでしたでしょうか?機会があれば、長篇小説も入力してみたいですね。

以下、『』内の文章は1921年に新潮社から発売された「白鳥傑作集」一巻から現代語訳をした上で引用しました。正宗白鳥の研究の一助になれば幸いです。

『「無論あるでしょう、又そうなくちゃならん訳だ、僕はまだ世間の経験に乏しいけれど、よく雑誌なんかの成功談に出てるじゃありませんか」
「ははは、雑誌や新聞に虚言(うそ)がないものならばねえ、いや活字の誤植よりゃ、書く人が腹の中の誤植を正す方がいいんさ」
「何しろ校正掛けは張り合いのない仕事だ、僕も早くどうかしなくちゃ」
「さ、私も昔は度々そう思いましたがね、思ってる間に、ずんずん月日は立ってしまう、しかし、まだどうかしようと思ってる間は頼もしいが、私達はどうかなるだろうで日を送るんですよ」
「だがその方が気楽でいいかも知れん」
「まあね、始めの間は波の中で。ぼちゃぼちゃやってまさあ、それが次第に大きな波が幾度も幾度も押しかぶせて来りゃ、どうせ叶わないから勝手にしろと、流され放題に目を瞑るようになります、社でも、随分波が立つんですが、私達のように抜き手の切れない者は、その度にぎょっとして、手足が萎(いじ)けて了う。萎けた揚句が碌々として老いるんですよ」
 くぼんだ目縁(まぶち)がほんのりと紅くなって、眠っていた目も燦めく。
 それから暫くは無言で、肴をつつき杯を干していた。紺暖簾が寒い風にゆらめいては、隙間から人影が絶えずちらつく。室内には自分等の外に、片隅に外套を着て鳥打ち帽を被ったまま、風呂敷包みを側に置いて、忙しそうに飯を食ってる男があったが、箸を置くと、直ぐ勘定を済ませて、目をぎょろつかせ、あたふたと出て行った。
 予は勢いのよい血汐が全身に漲って圧へ切れぬようで、所もかまわず、「王郎酒酣」を歌う。小野君はくずれかかった膝に両手をくの字なりに突いて、謡曲(うたい)を低い声で謡う。節まわしが玄人ぶってる。
「貴方は謡曲を稽古したんですか」と、予は驚いた。

「四五年前に一寸やったことがありますよ」
「綽々として余裕ありですね、貴方にそんな風流の嗜みがあろうとは想像外だ」
「なあに風流だなんて、そんな気楽な量見で始めたんじゃないんですよ、私にゃね、津崎君んおように大ぴらで不平を言う元気はなし、そうかって、外の人のいやなことは自分にもいやだし、どうかして鬱憤を晴らして、苦労を忘れようと思ってね、会計の竹山君の後へ食い付いて、素人謡曲の組へ入ったんですよ、長屋で謡曲なんて、佐野常世の成れの果てか、一寸洒落てまさあね、はははは」
「じゃあお能も見にお出ででしょうね」
「どう致して、お能拝見どころの騒ぎですか、まあ聞いて下さい、」と小野君は居住まいを直して、「素人組の連中は、今月は梅若、来月は宝生と、見て廻って色んな批評があります、私はそんな真似は出来ないから、まあ『能楽』っていう雑誌を社から貰って、それを読むのがせめてもの慰めだったんでさあ、ところがその雑誌さえ社に没収されることになって、私の手には落ちぬようになったんです。それが社の規則だから仕方がない、社の方じゃ葛谷へ売っても一銭か二銭だろうが、私に取っちゃ、大変な楽で、月々心待ちにしたんですがね、朝(あした)に一城を奪われ、夕(ゆうべ)に一国を奪わる、拙(まず)い声だが、弱い者はますます権力を剥がれてしまうんだ。そこで私あ、すっかり断念しました、謡曲も止めて、夕食でも済むと茶を呑んで、ころりと横になって、天井の蜘蛛の巣でも見てるんです」
 平生表情に欠けてる小野君の顔も、憂色を帯びて来る。
「だって雑誌一冊位、訳を言えばくれんこともないでしょう」
「いや、それを主張する丈の元気があればいいんですがね。何時かも、物価は高くなる、子供は殖える、困り切った揚句、五重の塔から飛び降りる気になって増給を願い出たんです、すると今ので不服ならお止めになっても差し支えはないと厳命が下るんです、まるで雷に打たれた気でさあ、つまり私のような無能な者は、社でも必要でなければ、世間にだって不用な者だ。生きてる丈が有り難いお慈悲だと思い返してるんですよ」
 へへへへへ、と凄く笑って、「や、斯うしてちゃいられない。子供に春著一枚も造ってやらないで、親爺が酒を飲んでもいられまい、さ、帰りましょう」と、よろよろと立ちかかった。
 予は勘定を引き受けて、外へ出た。小野君は「済みませんなあ」と数十度も言って予に分かれてとぼとぼと小石川の方へ行く。予は暫くその後ろ姿を見送ったが、小野君は荷車にぶっつかって、頻りに詫びをしていた。
 その翌日、出社すると、小野君は元の石地蔵で、何処を風が吹いてるかと、冷然としている。築島や大澤は相変わらず、パンを囓って気焔を吐いている。予もまた一日を校正に過ごさねばならぬ。己には将来があると、心で慰めながら。』

梅若(うめわか)・・・梅若流のこと。能の流派の一つ。
宝生(ほうしょう)・・・宝生流のこと。能の流派の一つ。
春著(はるぎ)・・・春着とも書く。晴れ着のことで、お正月に着る服のこと。または、春に着る衣服をさす。

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