三好達治が梶井基次郎へ捧げた詩

ゲーム文豪とアルケミストでは、待ちに待った梶井基次郎が登場しましたね!私は、残念ながら金の栞を5枚使い、10万以上洋墨を消費しましたが、結局、梶井基次郎は来ませんでした。きっと愛らしい皆さんのところで楽しくやっているのだと思います。さて、三好達治は梶井基次郎亡き後、多くの詩を彼に捧げています。ここでは、それらの詩をまとめて紹介しております。

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以下、『』内の詩は1932年に出版された「南窗集」より「友を喪う 四章」、1934年6月に出版された短歌集「日まわり」より「日まわり拾遺」から「梶井君」、同年7月に出版された梶井基次郎に捧げた「閒花集(かんかしゅう)」より「砂上」「揚げ雲雀」「チューリップ」「畎畝(けんぽ)」「庭前」「空山」「訪問者」、1935年に出版された「山果集」より「山果集拾遺」より「檸檬忌(れもんき)」を現代語訳した上で引用しております。三好達治と梶井基次郎の研究の一助になれば幸いです。

『 友を喪う 四章
 
 首 途(かどで)

真夜中に格納庫を出た飛行機は
ひとしきり咳をして 薔薇の花ほど血を吐いて
梶井君 君はそのまま昇天した
友よ ああ暫らくのお別れだ…… おっつけ僕から訪ねよう!

 展 墓
梶井君 今僕のこうして窓から眺めている 病院の庭に
山羊の親子が鳴いている 新緑の梢を雲が飛びすぎる
その樹立の向うに 籠の雲雀(ひばり)が歌っている
僕は考える ここを退院したなら 君の墓に詣ろうと

 路 上
巻いた楽譜を手にもって 君は丘から降りてきた 歌いながら
村から僕は帰ってきた 洋杖(ステッキ)を振りながら
……ある雲は夕焼のして春の畠
それはそのまま 思い出のようなひと時を 遠くに富士が見えていた

 服 喪
啼きながら鴉がすぎる いま春の日の真昼どき
僕の心は喪服を着て 窓に凭(もた)れる 友よ
友よ 空に消えた鴉の声 木の間を歩む少女らの
日向(ひなた)に光る黒髪の 悲しや 美しや あわれ命あるこのひと時を 僕は見る』

『 梶井君
なにがしの書物を持ちて
君を訪(おとな)う 慣(なら)いなりしを
花をもて
訪う

すずろかに
鐘うち鳴らし しまらくは
君のみ霊(たま)に
香をまつらむ

ようやくに
岫(くき)をめぐりて
海を見る この街道に
憩う巡礼』

岫(くき)・・・山の峰あるいは山の洞穴のこと。

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『 この小詩集を梶井基次郎君の墓前に捧ぐ

 砂 上
海 海よ お前を私の思い出と呼ぼう 私の思い出よ
 お前の渚に 私は砂の上に臥(ね)よう 海 塩からい水 ……水の音よ
 お前は遠くからやってくる 私の思い出の縁飾り 波よ 塩からい水の起き伏しよ
そうして渚を噛むがいい そうして渚を走るがいい お前の飛沫(しぶき)で私の睫(まつげ)を濡らすがいい

 揚げ雲雀
雲雀(ひばり)の井戸は天にある……あれあれ
あんなに雲雀はいそいそと 水を汲みに舞い上る
杳(はる)かに澄んだ青空の あちらこちらに
おきき 井戸の枢(くるる)がなっている

 チューリップ
蜂の羽音が
チューリップの花に消える
微風の中にひっそりと
客を迎えた赤い部屋

 畎 畝(けんぽ)
家鴨(あひる)が三羽 畝(うね)を越える
土くれをころがしながら
鶺鴒(せきれい)が隣りの畑へ
ついと逃げる

 庭 前
「何ごとぞ 紅梅を蹴る小鳥あり
思いあがるや 人を怨むや」
「めっそうな とんだこと
知らなかったよ 女流歌人のお宅とは」

 空 山
休みなく歌いながら せっかちに枯木の幹をノックする 啄木鳥(きつつき)
お前を見ている私の眼から あやうく涙が落ちそうだ
なぜだろう なぜだろう 何も理由はないようだ
風の声 水の音

 訪問者
春はいま 蜜蜂の訪問時間 彼らは代る代る
私の窓に入ってくる そうして一つ一つ 私の持物を点検する
外套 帽子 辞書 麺麭(パン) 梨 肉叉(フォーク)……
そうして訣(わか)れの挨拶に 私の耳を窺(のぞ)きにくる』

井戸の枢(くるる)・・・井戸についている滑車の音。

『 檸檬忌
友よ友よ 四年も君に会わずにいる……
そうしてやっと 君がこの世を去ったのだとこの頃私は納得した
もはや私は 悲しみもなく 愕(おどろ)きもなく(それが少しもの足りない)
君の手紙を読み返す ──昔のレコードをかけてみる』

いかがでしたでしょうか?三好達治の梶井基次郎に対する愛情を感じる詩ばかりで、読後に哀切が心の中に残るものが多く、それだけ三次と梶井の親交が深いものであった事を窺わせますね。
それでは、最後までおつき合い下さり、ありがとうございました!

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