三好達治の「駱駝の瘤にまたがって」より

1952年に出版された三好達治の詩集「駱駝の瘤にまたがって」より、私自身が好きな詩のみを選りすぐり、下記の『』内に現代語訳した上で紹介しております。読書の秋に三好達治の詩集を加えてみてはいかがでしょうか?

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『 故をもて
故をもて旅に老い
故をもて家もなし
故をもて歌はあり
歌ふりて悔もなし

 雨の鳩
松に来て啼く朝の鳩
──雨の鳩 秋の鳩

久しぶりなる旅に来て
海のほとりで夢を見た

売られていった人の子と
月と 駱駝と 黒ん坊と

夢ならばかくてさめよう
夢ならばなにをなげこう

それは私の魂か
夜の砂漠を帰らない……

だからあして鳩が啼く
青い海から飛んで来て

松に来て啼く朝の鳩
──秋の鳩 雨の鳩

 わが手いま
わが手いま
乙女子の
肩にあり

竈を出しパンの香の
新らしき朝(あした)の上に
わが手はしばしおかれたり

いま君のふかき呼吸は
あたたかき衣の肩をうごかして
君の見る彼方の海はしずかなり

わが皺だみし手をしばし
しばしなおときの間を
かぐわしき朝(あした)の上にあらしめよ

老いたる者は心ながし
その心藕(はちす)の糸のすえついに煙となりて消ゆるごと
説きて語らんすべもなし

乙女子よ海にむかいて
かすかなる歌もうたわでいま君の
もだしたるこそめでたきに──

 喪服の蝶
ただ一つ喪服の蝶が
松の林をかけぬけて
ひらりと海へ出ていった
風の傾斜にさからって
つまづきながら よろけながら
我らが酒に酔うように
まっ赤な雲に酔っ払って
おおかたきっとそうだろう
ずんずん沖へ出ていった
出ていった 遠く 遠く
また高く 喪服の袖が
見えずなる
いずれは消える夢だから
夏のおわりは秋だから
まっ赤な雲は色あせて
さみしい海の上だった
かくて彼女はかえるまい
岬の鼻をうしろ手に
何を目あてというのだろう
ずんずん沖へ出ていった
出ていった
遠く遠く
また高く

おおかたきっとそうだろう
(我らもそれに学びたい)
この風景の外へまで
喪服をすてにいったのだ

  出 発
 まんとの袖をひるがえし、夕陽の赤い駅前をいそぐ時、海のように襲ってくる一つの感情は甘くして、またその潮水のように苦がい。人はみな己れの影をおうてゆく、このひからびた砂礫の上に、彼方に遠く疲れた雄鶏の鳴く日暮れ時、私の見るのは一つの印象、谷間をへだてた谺(こだま)のように、うすれゆく印象の呼びかえしだ。
 出発、──永い間私はこの出発を用意していた。私は今日この住みふるした私の町を出てゆきます。今その切迫した時間に駆けつける旅人、ぼろタクシーの間を縫って、彼方に汽笛の叫びをきく時。
 空しくすぎた歳月を越え、やくざな一切の記憶を越えて、ああまたあのなつかしい一人の人格は、まぼろしのように私の前をゆきすぎる。けれどもあなたはどこに住ってしまわれたか。あなたの住いをどこにたずねていいのでしょう。忘却は、虚無は、かくして無限に平板な明け暮れは、空しく四方から海のように襲ってくる時に。
 出発、出発、私の列車はもうあそこのプラットフォームに入りました。かしこにけたたましくベルは鳴り、かしこに機関の重圧は軋り出ようとする。
 出発。
 この人ごみの間にあって、私はひとり希望もなく、膝においた鞄の上にうなだれて、彼方にさみしいシグナルのかげを旅立つでしょう。これらの群衆と一つの列車にのりくみながら、けれども私は彼らと異る方角へ、一人の孤独な旅人として。
 出発……、出発……。
 いまはとらえどころもない、あなたのなつかしい人格が、──かの一つ星が、高く万物の上に輝きでる時に、遠く遠く、あなたのかえらぬ弟子として。

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 駱駝の瘤にまたがって
えたいのしれない駱駝の背中にゆさぶられて
おれは地球のむこうからやってきた旅人だ
病気あがりの三日月が砂丘の上に落ちかかる
そんな天幕(てんと)の間からおれはふらふらやってきた仲間の一人だ
何という目あてもなしに
ふらふらそこらをうろついてきた育ちのわるい身なし児だ
ててなし児だ
合鍵つくりをふり出しに
抜取り騙(かた)り掻払(かっぱら)い樽ころがしまでやってきた
おれの素性はいってみれば
幕あいなしのいっぽん道 影絵芝居のようだった
もとよりおれはそれだからこんな年まで行先なしの宿なしで
国籍不明の札つきだ
けれどもおれの思想なら
時には朝の雄鶏(おんどり)だ 時に正午の日まわりだ
また笛の音だ 噴水だ
おれの思想はにぎやかな祭のように華やかで派手で陽気で無鉄砲で
断っておく 哲学はかいもく無学だ
その代り駆引もある 曲もある 種も仕掛けも
覆面も 麻薬も 鑢(やすり)も 匕首(あいくち)も 七つ道具はそろっている
しんばり棒はない方で
いずれカルタの城だから 築くに早く崩れるに早い
月夜の晩の縄梯子
朝は手錠というわけだ
いずこも楽な棲(す)みかじゃない
東西南北 世界は一つさ
ああいやだ いやになった
それがまたざまを見ろ 何を望みで吹くことか
からっ風の寒ぞらに無邪気ならっぱを吹きながらおれはどこまでゆくのだろう
駱駝の瘤にまたがって 貧しい毛布にくるまって
こうしてはるばるやってきた遠い地方の国々で
いったいおれは何を見てきたことだろう
ああそのじぶんおれは元気な働き手で
いつもどこかの場末から顔を洗って駆けつけて乗合馬車にとび乗った
工場街じゃ幅ききで ハンマーだって軽かった
こざっぱりした菜っ葉服 眉間の疵も刺青もいっぱし伊達で通ったものだ
財布は骰(さい)ころ酒場のマノン……
いきな小唄でかよったが
ぞっこんおれは首ったけ惚れこむたちの性分だから
魔法使いが灰にする水晶の煙のような 薔薇のようなキッスもしたさ
それでも世間は寒かった
何しろそこらの四辻は不景気風の吹きっさらし
石炭がらのごろごろする酸っぱいいんきな界隈だった
あろうことか抜目のない 奴らは奴らではしつこい根曲り竹の臍曲り
そんな下界の天上で
星のとぶ 束の間は
無理もない若かった
あとの祭はとにもあれ
間抜けな驢馬が夢を見た
ああいやだ いやにもなるさ
──それからずっと稼業は落ち目だ
煙突くぐり棟(むね)渡り 空巣狙いも籠抜けも牛泥棒も腕がなまった
気象がくじけた
こうなると不覚な話だ
思うに無学のせいだろう
今じゃもうここらの国の大臣ほどの能もない
いっさいがっさいこんな始末だ
──さて諸君 まだ早い この人物を憐れむな
諸君の前でまたしてもこうして捕縄はうたれたが
幕は下りてもあとはある 毎度のへまだ騒ぐまい
喜劇は七幕 七転び 七面鳥にも主体性──きょう日のはやりでこう申す
おれにしたってなんのまだ 料簡もある 覚えもある
とっくの昔その昔 すてた残りの誇りもある
今晩星のふるじぶん
諸君だけはいっておこう
やくざな毛布にくるまって
この人物はまたしても
世間の奴らがあてにする顰めっつらの掟づら 鉄の格子の間から
牢屋の窓からふらふらと
あばよさばよさよならよ
駱駝の瘤にまたがって抜け出すくらいの智慧はある
──さて新らしい朝がきて 第七幕の幕があく
さらばまたどこかで会おう……』

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