室生犀星が語る芥川龍之介2

今回は、芥川龍之介との小さなエピソードがドミノのように並べてある内容です。文中には、早々たる人物が登場しますが、中でも佐藤春夫氏の体を芥川龍之介が見て古備前のようないい体をもっていると評したエピソードがあり、短いながら芥川龍之介が書画骨董に詳しいことが窺えます。その他、芥川氏の師であった夏目漱石が羊羹が好きだったように、芥川氏も汁粉を褒めるものなど、読んでいて実に微笑ましい内容です。

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以下、『』内の文章は三笠書房より昭和10年に出版された「犀星随筆集」の「憶(おもう)芥川龍之介君」から現代語訳した上で引用しております。芥川龍之介と室生犀星の研究の一助になれば幸いです。

『田端の芥川君の家と私の家とは裏通りから坂二つを横に通って。五六町くらいしかなかった。仕事にも草臥れて芥川君を訪ねて元気な顔を見ようと出かけると、そんな時分、向こうからも少し温かい日でもマントをふうわりと被った、なりの高い彼は漂々乎(ひょうひょうこ)として歩いて来るのであった。今君のところへ行こうとして来たんだというと、僕も君のところへ行こうと思って出かけて来たんだと立ち止って何やら相談するようなふうで、結局、距離の近い方に行くことになるのであった。僕の家の潜り板戸は開けるとかたんと音がして、鳥渡(とりわけ)開けにくかった。芥川君の戸の開け方は不器用で二三度かたんかたんと音をさせるので、すぐ龍之介入来であることが判るのであった。「やあ。」という彼は弱っている時でも、病気をこぼしている時でも、何所か経文を誦む時のように鼻にかかった声は何時も張り切って、気魄的に甚だと言っても好い位元気だった。
「菊池寛がね君、この座敷から離れまで飛石に雑巾がけをさせて、ぺたぺたと離れまで素足で行ったものだよ。どうも敵わん男だよ。」と私が金沢へ行く前に明け渡した貸家を菊池君が住み、庭下駄を引っかける手数をはぶいた菊池君のことをこう彼は話していた。
「菊池君がね君、こんど雑誌を遣るんだよ。旨く遣れたら原稿料を皆に払うんだというんだが、菊池のことだから旨く遣るかも知れないよ。」この話しがあってから「文藝春秋」が生まれて、今日の雑誌になったのであった。
 それから小穴隆一君の名前が大抵の場合に話しの間に飛び出していた。小穴が小穴がと言い、小穴がとうとう足を一本切ってしまって僕が手術に立ち合ったのだよ。小穴に君の字が旨いと言ったら、室生犀星にだって旨い字が書けるなら、おれも習字して遣ろうと言っていたよ。小穴の妹が死んだんだよ。この間小穴は弱っていたよ」とよく言っていた。
「小穴が君の庭の玉笄花(ぎぼし)を写生に行くかも知れんよ。席はなくとも好いから写生させて遣って呉れよ。それから小穴はきみの奥さんをモデルにするかも知れんが、それも頼めないかなあ。──小穴がね、こんど画会を起すんだよ、いろいろな人に這入って貰うより君ひとつ入会(はいっ)て遣ってくれんかな、一口四十円だよ、まだずっと先のことなんだがね。」と言っていた。

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 或る日芥川君をたずねると、君、きのう奥さんが僕のことを変な男だとか何とか言いはしなかったかねと尋ねた。君に途中で会ったと言っていたけれども別に何も言わなかったと言うと、そうか、実はね郵便局の前あたりで猿又が下がって来てね、こいつは大変だと懐中から手を入れて猿又を引き上げながら歩いていると、奥さんにばったり出会したんだよ。急に慌てて了った訳なんだ。そうか、気づかなかったのか、そりゃ宜しかったと安心して言っていた。家に帰ってこの話しをすると、道理で様子が可笑しかったと女房が言っていた。
 これも或る日のこと、僕の部屋でこの間の葡萄酒がまだあったら、少し呉れんか。あれは旨かったよといい、グラスで出した白ぶどう酒を芥川君が甘味そうに、ほんの少量ずつ舌の先で舐めていた。あとさき十年芥川君がうまそうにお酒を呑んだのを見たのが、始めてであった。
 或る時、金沢から持って来た木越三右衛門の鉄瓶をじっと見てから、「ああ、好い鉄瓶だ、文壇斯くのごとき鉄瓶を持っている者は先ず君一人だろうね。」と感嘆して言った。或る時、岸田劉生氏の絵を上野で見てから、「そう、そう、君がこの絵の好きな訳がわかったよ。朝子嬢に似ているからだよ、やあ、全く似ているなあ──。」
 或る時、梅原龍三郎氏の木立と池のような構図の絵を見て、旨いなあ、これが君に分らんというのは、君はてんで絵を解ろうとしないんだと言った。絵を解ろうという所まで僕はいつも行けないで、途中でぶらぶらしていたらしいのである。──或る時、佐藤春夫君のからだを見たと言って、あれは君、古備前のようないい体をもっているよ。羨ましいよと言っていた。或る時、動坂町の汁粉屋で汁粉を二碗たべてから、どうだこの汁粉は旨いだろう。この界隈にこのくらいの汁粉は稀だろうと甘い物の好きな彼は褒めに褒めていた。だがね、金沢の森八の汁粉というものは鳥渡(とりわけ)うまかった。あれは餡がいいんだよ。金沢はお菓子がいいよと彼は二百年の舶来名菓を看破していた。』

室生犀星が語る芥川龍之介3へ続く

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