室生犀星が語る芥川龍之介4

今回は、芥川龍之介との最後の別れを振り返った内容となっています。また、この随筆集に収められている他の芥川龍之介についての随想を取り上げ、紹介しております。内容としては、室生犀星と萩原朔太郎に芥川龍之介、この3人の食事何処や交流がどんなものであったかが伺えます。

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以下、『』内の文章は三笠書房より昭和10年に出版された「犀星随筆集」の「憶(おもう)芥川龍之介君」から現代語訳した上で引用しております。芥川龍之介と室生犀星の研究の一助になれば幸いです。

『何時も芥川君は何かにぶつかっているようであった。相撲のぶつかりのように眼に見えぬ敵に、また眼に見える敵に絶えずぶつかっているようであった。仕事最中に訪ねると芥川君の表情はまだかきかけの小説魔に取り憑かれたまま、平常の顔色に戻らない揉まれた顔をしている時があった。お湯にはいらないせいもあったが、蒼白い細長い痩せた指の爪にくろぐろと垢がたまり、怪鳥の爪のようであった。鳥の眼はみんな美しい眼をしているが、芥川君のなかで集中眼が一番きれいであった。
 そんな忙しい時でも顔さえ見ればちょっと上がれといい、また宴会の帰りなどにも、君ちょっと寄ってくれ、見せたいものがあるからと言って離さなかった。かれは人なつこいよい育ちをその最後まで持っていた。
 亡くなる一月ばかり前の暑い午後にたずねて行くと、珍しく椅子に座っていたが、先客がかえった後で何か烈しい苛ついた疲労で、顔色はどす暗く曇っていた。その年の六月号かの「新潮」に私は芥川龍之介論を書いていたので、君あれを読んでくれたかねと言うと、慌てて読んだよ、どうも有り難うと言うかと思うと、たしか「湖南の扇」が出来ていたのでせかせかとそれに署名してくれた。その時ほど、聞こえるか聞こえないか位の独り言のような低い声で、ああいうものを書かなくてもよいのにと言った。私は書かなくとも好いというのは気に入らなかったのかというと、いや別に、いや何でもないよと、それきり黙り込んでしまった。私はそれから間もなく信州に行き、その日が彼の人に永いお別れの日になったのである。』

芥川龍之介の鬼気迫る風貌が悲しく胸を打つ最期の別れであったことが窺える内容で、読んでいて寂しい気持ちになりますね。
ところで、室生犀星はこの随想以外も芥川龍之介について言及している文章を同じ本に収載しています。
内容としては萩原朔太郎と芥川龍之介、それに室生犀星の三人で伊豆栄で晩ご飯を食べるなど、温かい交流を読むことができます。また、芥川龍之介の芭蕉好きエピソードが披露されており、横光利一が松尾芭蕉の後裔だと知ったら、交遊が生まれたかもしれないなと思わせる内容です。

以下、『』内の文章は三笠書房より昭和10年に出版された「犀星随筆集」の「文学雑談」から芥川龍之介について書かれた「三、安らかならざるもの」を現代語訳した上で引用しております。芥川龍之介と室生犀星の研究の一助になれば幸いです。

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『何時か僕は芥川君が見えた時に新しい果物を食べてから寝ると大へんに温まると話したが、芥川君は何だか感心したような顔をして聞いていた。数日後、芥川君の書斎で僕はどうも柿を食べて寝ると冷えてこまるというと、芥川君は憤然としてこの間君は果物を食べて寝ると温まるといったじゃないかと詰問するように言った。いや、あれは別の果物なんだ、冷えるというのは柿だよと言った。そうか柿は冷えるなと彼はたちまち機嫌を直した。胃の悪い人に下手に果物の話しをすると直ぐ斬り込んでくるようである。

 晩年に私と萩原朔太郎君と芥川君とで、本郷伊豆栄で晩飯をたべての帰途、神明町の小さい喫茶店にお茶を喫みに這入って行った。端なく芥川君と萩原君との間に議論が起り、議論の嫌いな僕は二人の様子を見ながら煙草をふかしていた。萩原君は蕪村が芭蕉より面白いとか偉いとか言い、芥川君は芭蕉の方が偉いと言った。萩原君は芭蕉の発句が観念的であるというと、芥川君はそんなことはない、この句はどうだ、ではこの句はどうだ、この句にも観念的なところがあるかと立ちどころに六七句くらいの芭蕉の句を、覆いかぶせるように続けさまに読んで、猛々しく突っかかるって行った。その勢いはあたかも芭蕉が親兄弟か何かででもあるような語調であった。逝去二ヶ月ほど前だったので勢いが勢い立つと血相を変えるようなところがあったのである。それほど芭蕉の発句は当時に芥川君に好かれていた。好かれていたというよりなくてはならぬものだったらしいのである。

 僕と芥川君との間では僕はいつも尊敬みたいなものを感じていて、何時も七分くらい言いたいことを言い、三分は言わずじまいになっていた。芥川君を訪ねて帰る途すがら、何か元気にどんどん歩くようになっていたが、それはあんな偉い奴を友人に持っている喜びがあったらしいからであった。だから発句でも小説でもいいからあの男に負けてはならん気合いを感じていたのである。
 僕は僕の無学ななかで鯱張っていたが、芥川君は有学のなかで背丈高くつっ立っていた。この頃僕はときどき気に入った発句や小説が書けると、芥川君にいま一遍読んで貰いたい気持ちで一杯であった。それは彼はいつか室生犀星は絶えず少しずつ進歩していると言ってくれたから、それをそのように証拠立てたいためでもあった。実際、年をとっても文学上のことでは殊に褒められたりした記憶では、まるで中学生のように僕は子供らしい考えを持っているからである。

 何年前かの年の暮、僕は映画を見に行こうと田端の坂を下りかけると、坂の下から芥川君に出会したのである。
 「君はもう新年の小説を書いてしまったのか」
 「うん、もう済んだ。」
 「羨ましいな僕はこれからだ。」
 別れた後、僕は映画館の薄暗がりのなかで、一体映画なぞ見ていいのであろうか。芥川君はまだ仕事をしている、──そんなふうに考えて心安らかならざるものがあった。あの男の苦作が僕の仕事を秤ってきそうで安らかならざるものがあったのである。』

室生犀星が語る芥川龍之介5へ続く

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