室生犀星が語る芥川龍之介5

今回は、芥川龍之介の遺稿や彼の創作の姿勢について室生犀星が熱く語っているのが印象的な内容です。また、このコラムも今回で最後になります!ここまで長くおつき合い下さった皆様方、ありがとうございました!

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以下、『』内の文章は三笠書房より昭和10年に出版された「犀星随筆集」の「文学の神様」から現代語訳した上で引用しております。芥川龍之介と室生犀星の研究の一助になれば幸いです。

『随筆とか詩とか小説とか、または発句とか評論とか、凡そ文章と名のつくもので、これを以来されて書かざることなく、また、これを売らざることは稀である。自分で好愛して暫く手許に置いて眺めるということすら、出来ないのである。人びとは少々爛れたような顔をしていうのだ。「よくお書きになりますね。そんなに書くことがあるんですか。」と。それがまた、「そんなにお書きになって疲れるでしょうね。」「少々おやすみになったらどうでしょう。」
 
 本来からいえば書くことが原稿紙にむかうまでまるで無いのだ。そして本当をいえば書いて草臥れていることも実際である。それだからといって書かずにいられるものであなく、又、ぼんやりとしてはいられないのだ。しかし書き出すと書ききれる人生ではない。書くことがなくなってしまえば生きていられないわけだ。毎日生きてゆくことは書くことのある証拠になるのである。よく書くことはよく生きることとそんなに隔たりのある訳のものではない。小説、随筆、評論、それらを片ッ端から書いて行き、頭のそうじをして威張りするが、また人生のごたごたで頭の考える機械がよごれてしまう。そして又そうじをするために書く。

 たまに人が来て何か手許に短いものでもいいのだが、書いて取って置きの原稿がないでしょうかといわれるが、書いてある原稿は一枚もないのである。インキの乾かない間にそれはどこかへ持って行かれるのである。作者としては仮に何枚でもいいから取って置きの原稿を持っていたい。何時ぽっくりと参ってしまってもいいから、せめて遺構の一篇くらいは持っていたいのであるが、そんなことは夢にも見られないのである。芥川龍之介君なぞは遺稿のなかに小説もあったし、随筆、感想もあり、それから二三篇の詩さえもあった。あれほど遺稿を豊富にのこしていた人は輓近(ばんきん)の作家では一人もないのであろう。生前新聞雑誌に原稿を望まれていた人が、あれほどの遺稿をのこすということは並大ていの仕事ではない。凝りやの芥川君は少し気に入らないと原稿をそのまま取って置いて、また新しく書き出したために遺稿が多くなったのであろう。実際、芥川君の机の上には書き損じや半分書きかけた原稿が、いつも高さ二寸ぐらいの厚さでのせていた。私なぞは書き損じは裂いてすててしまうが、芥川君はそれをしないで大切にためてい。それから又、自分で楽しみながら書いた詩なぞもあったらしい。そういう点で芥川君が雲上の作家であるとすれば、私なぞは市井の作家たらざるをえないのである。全く日記のようなものすら私にはのこされていない。
 しかも芥川君の意向はそれぞれ手の込んだ立派な作品であって、遣り放しの原稿なぞ一つもなかった「歯車」一篇を見てもいかに書くために生きていたかということがはげしい哀慕の情をそそって歇(や)まない。ぴんからきりまで生き徹して行った人としてあれらの遺稿は命と一しょに綴られたものと見て間違いはない。或る意味で短い生涯をあんなに手強く生きた作家はまれであろう。
 私はなるべく小説ばかり書いていて随筆は書きたくない。随筆のなかに小出しに勢力を吸い取られるからである。小説の純粋性からいっても他の雑文で揉まれることがいけないのだ。ドストエフスキーの豊富な驚くばかりの挿話なぞも、他のこまごまとした雑文なぞの仕事をしないでいて、小説にその全部の人生観なり挿話なり新聞記事風な小事件なりを織り込んでいたために、あれらの長篇を書きつづけられたのである。長篇小説というものは半年間も書き続けていたらその半年間の社会情勢の変遷なぞも、そっくり表現することが出来るのだ。それから作家生活の半年間のあらゆる経験的な細微な動きなぞも、その日その日の事件に旨く当てはめられるのである。ドストエフスキーの殆どその作品の主流をなすところの事件と事件、人間と人間の組合せなぞはそれだけの仕事に没頭して、日記をつけるがように継続的に作に親しんでいた為、あれだけの大作品を構成できたのである。彼のお師匠さんであるところのバルザックもまた人生日記を長篇のなかにこころみた作家であった。ドストエフスキーがどれだけ新聞の社会記事に重きをおいて見ていたか、そういう社会記事の種々の出来事が作家としての彼を動かしていたかが、彼の作品によって折々証明されている、真理探究ということも清新さを持つ作風も、彼の鈍重な聡明さによるものであった。

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 私のような一介市井の作家は、何処までも陋居(ろうきょ)にあって文事に従うべきであって、遺稿なぞは一篇だってのこさなくともいいのである。却ってつまらない不本意な書きよごしの感想随筆の類を以て、堂々たる遺稿であるように誤解されないともかぎらないから、むしろ潔く原稿をのこすようなことをしないで、片ッ端から書いて印刷にしてしまった方がいいかも知れない。然しながら私といえども暇があって燃ゆるがごとき宿望をかなえるような作品を書きのこすことが出来れば、それほど幸福なことはないのだ。それによって生涯の作品的汚名を雪(すす)ぐようなことになれば、誰かまた原稿をのこすことに遠慮するものがいよう。しかし忙中閑なく文事日に趁(お)うて責をふさぐことのない雑文渡世では、そんな大作を遺稿としてのこすことなぞ夢にも思えない程である。それより生きている間に戦えるだけ戦うた小説を人生の真ん中に叩きつける方が余程ふさわしいことかも知れない。小説も一つの戦うべき我々の武器であるとすれば、刃こぼれ刀身半ばに砕けようと、それまで戦い続けて後、止むを得ずんば僵(たお)れてもいいではないか。
 芥川君はたしかに芸術的に身動きが出来なかったのかも知れない。身動きができても甚だ窮屈な文章の行詰まりがああさせたのかも知れぬが、しかしその倒れようは全く弓矢尽きた美しい戦死をした姿を彷彿するのだ。誰があれほど潔い先生を選び得るものぞ。私なぞは全く七転八倒の作家苦のなかに、揉まれ追われてへどへどになって倒れるより他に倒れ様がないかも知れぬ。それは或いは老至って愈々(いよいよ)飢えるがごとき醜態を演じるのかも知れないけれど、平凡な仮死的な生活をするよりも行き倒れのごとく、文事の埃にまみれて僵(たお)れた方がどれだけ壮烈であるかも知れない。』

輓近(ばんきん)・・・最近、近来、ちかごろ、の意味。
陋居(ろうきょ)・・・狭くむさくるしい住居。

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