萩原朔太郎の人物印象記ー三好達治編

昭和15年に河出書房より出版された萩原朔太郎の「阿帯」なる随筆集には、「四季同人印象記」と題して、三好達治、堀辰雄、丸山薫、辻野久憲、竹村俊郎の印象が記されています。ここでは、三好達治及び堀辰雄、この二人に対する印象記を現代語訳した上、下記の『』内に引用しております。内容としては、萩原朔太郎から見た三好達治の魂の美しさを語っており、また彼が萩原朔太郎の人生に置いて大きな変化をもたらした人物であることが窺えます。萩原朔太郎と三好達治の研究の一助になれば幸いです。

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四季同人印象記

 僕が「四季」の同人になってるのは、どういうわけかと人によく聞かれる。別に主義を一にしているわけでもないし、芸術行動を共にしているわけでもないので不審されることはもっともだが、実は単なる友情関係なのである。但し僕が年長者なので、友情と言っても、自然に多少先輩的の取り扱いは受けてるけれども、とにかく一種の友情関係にちがいない。それで以下「四季」の知友諸君について、漫談的に僕の印象記をかいてみよう。

  三好達治
 三好君を初めて知ったのは、伊豆の湯ヶ島へ滞留していた時であった。この時三好君の動向した友人に、梶井基次郎と淀野隆三とがあったので、併せて三人を初めて知った。三好君と交際するまで、僕はほとんど若い文学青年に知己がなかった。もちろん僕を訪問して来た人々や、周囲の事情でしばしば逢った人はあったが、どういうものか、僕の方で胸襟を開いて語るような青年がなかった。従来の経験から、僕は若い人たちと交際して、いつも不愉快の思いばかりしていた。というのは人々が僕を理解してくれない為に、こっちで胸襟を開いて交際すると、それがいつも悪く誤解され、却ってひどい目に逢わされるのである。と言って僕には、先輩としてのポーズを取って、差別意識的に人と交際することができないので、自分の子供のような若い人にも、常に対等人として話をし、真剣にぶつかってつきあうので、理解力発達しない若い人々に、誤解されるのは無理からぬことであった。しかしその為、僕は常に不快な腹立たしい思いをつづけ、本来孤独癖のある自分が、いよいよ益々交際嫌いになってしまった。特に自分より年の若い青年とは一切逢うのが厭になり、断然寄せつけないことにさえきめてしまった。
 こうして長い間、厭人癖の孤独に生活していた僕が、三好君と知って以来、大いに人生観を明るく一変するようになって来た。と言うわけは、三好君の人物が、従来僕の知ってる青年とは、全然範疇を異にした別人種であったからだ。何よりも僕は阿、三好君の精神が高邁であり理解力がよく、インテリタイプなのに驚いた。過去に僕は、一度もこんな愉快な青年に逢ったことはなかった。「汝、決して若者と語ること勿れ」という僕の過去の苦い禁止令は、三好君と逢ってすっかり解令になってしまった。単に三好君ばかりではない。梶井君や淀野君やの友人が、また実に気持ちの好い青年だった。最近でこそ、僕は比較的多くの親しい知己を青年の間に持っているが、その当時には初めての経験なので、世にはこんな青年たちもいるものかと思い、過去の井の中の蛙であった自分の愚を、つくづく偏見的にさえ反省した。

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 三好君とは、大いに一緒に酒を飲んだ。酒をのんで酔っぱらっても、差し支えないと思ったからである。それまでの自分は、若い人と一緒に酒をのんで、いつも必ず悔恨した。つまり僕が酔中でする言行が、若い人にとって軽蔑や誤解を受けたからであった。それでまた「汝、若者と酒を飲む勿れ」という禁令が、僕の生活に一つ加わったわけであった。然るに三好君んと逢ってから、またこの禁令も解禁された。三好君となら、いくら酔って野性のナイーヴな本心を曝露しても、決して誤解や侮蔑を受ける心配がないと思ったからである。つまりそれほど理解力が聡明に発達している青年を、三好君において初めて知ったわけであった。淀野隆三君は、ある文章の中で僕との交際のことを下記、湯ヶ島で初めて僕と知って以来、自分は勿論、三好、梶井の人生観や文学観やにエポック的の一変化を来したと書いているが、これは僕の方でも同様であり、たしかにその時以来、僕の人生観は多少とも明るくなって来た。これは僕の方で、三好君等に感謝せねばならないことである。
 三好君は人と話しをする時、胸を張って直利不動の姿勢を取り、軍隊式に、ハイッ、ハイッと言う。陸軍幼年学校に居た時の習性が、未だに残っているのである。彼は一種妙な豪傑笑いをする。爽快な笑いであって、しかも空洞に寂しい笑いである。ある人が三好君の表情を評して、泣いているのか笑っているのか解らないと言ったが、人物そのものの性情が、一体そういう風に出来てるのである。彼は一見男性的のように見えて、実は意外に女性的の気の弱い人間である。彼の詩情さえもリリシズムも、すべてこの女性的の気質を反映している。彼の性格の中には、魂の不潔さというものが少しもない。僕の知ってる範囲の中で、三好君は最も心情の高貴性と美しさを持ってる人間である。そして実にこの一点が、僕の交情に深く引きつけられた所以であった。』

以上で、三好達治篇は終わりになります。

萩原朔太郎の人物印象記ー堀辰雄編へ続く

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