萩原朔太郎が語る詩人と宿命論2

昭和15年に河出書房より出版された萩原朔太郎の「阿帯」なる随筆集には、「詩人と宿命論」と題された随筆が掲載されています。内容としては、萩原朔太郎がなぜ自分が宿命論者になったのか、自身の詩作に基づいて説明しており、大変興味深い内容となっております。尚、このコラムは全2回となっております。今回も、萩原朔太郎独自のこぶしが効いた内容です!

ここでは上記の随筆を現代語訳した上、下記の『』内に引用しております。萩原朔太郎の研究の一助になれば幸いです。

『それ故に詩人は、本来皆意志の自由を信じない。努力し、発奮し、自ら詩を書こうと意志することによって、決して一篇の詩も書けないことを知ってるからだ。詩という文学の創作は、文字通りの意味において、一切か然らずんば無である。詩人は詩作をしている時の外は、全然無為にごろごろと寝そべっているのである。熱帯の沙漠の砂の上で、白日の長い時間を、いつも獺(ものう)く眠っている獅子のように、詩人は常に怠惰に寝ころんでいる。そして或る時、不意に思いがけなく稲妻のように霊感の閃いた時、丁度彼の獲物を見付けた獅子のように、猛然として立ち上ってくる。そして電光石火の如く、活躍のめざましい瞬間が過ぎた後では、満腹した獣のように、再びまた怠惰に眠ってしまうのである。
 詩人の悲しさは、こうした稲妻のような霊感が、いつ何時、いかにしてやって来るか、全く想像がつかないということの不安さにある。インスピレーションの来ることは、自身を予知するよりも困難なであり、全く偶然の「運」にすぎない。それは努力しても駄目であり、意志しても捉えられない。詩人は常に、空しく天の一方を望みながら、和泉式部の悲しい歌──つれづれと空ぞ見らるる思ふ人天くだり来む物ならなくに──のように、偶然の行為人が訪れる日を待ってるのである。

 土耳古を旅行した一外国人は、その東洋の都市の到る所にごろごろしている、驚くべき多くの乞食を見てこう書いている。「此等の土耳古人の心理は、到底自分等に理解できない。彼等は徹底的に怠るものであり、全然働こうという意志がない。土耳古政府は、時に彼等に労働を強制するが、彼等は決して肯じない。彼等の哲学はこう言うのである。アラーの神が、一切の運命を決定している。もし我等に幸運のあるものならば、運は寝ころんで居てもやってくるし、もし宿命が不幸に決定されて居たとしたら、起きて働いたところで同じであり、到底幸福になれる筈がないと。そして彼等は、暈如として乞食生活に満足し、天命を楽しんでいるように見える。」と。
 悲しい哉。僕等の詩人の人生観がある点でまた、こうした土耳古の宿命論者と類似している。なぜなら僕等もまた、土耳古の乞食と同じように、常に天の一方を望みながら、あてのない幸運のチャンスが、霊感の翼に乗って天降る日を待ってるからだ。そしてそれらの土耳古人等が、意志の自由を信じないように、僕等の詩人もまた、意志の自由を信じ得ない境遇にある。なぜなら詩作の霊感は、自己の努力によって呼び起こし得ず、自ら意志することによって、一篇の詩をすら作ることができないからだ。小説は自力本願であるかも知れない。だが詩という文学は、徹底的に他力本願のものなのである。それ故にすべての詩人は、原則的に言って、その詩人的風貌の中に、本来宿命論者的なものをイメージしている。いかに見よ。三好達治や丸山薫やが、その風貌自身の中にすら、宿命論者的なる月暈を持ってるかを。少なくとも宿命論者的でない詩人の風貌を、僕はかつて見たことがない。ということの深い意味は、人が元来詩人に生まれたということがそもそも宿命的な因縁であり、宿命的な業だということなのだ。(もし宿命的な業でなければ、だれが詩人なんかになるものか。)
 僕は詩集「宿命」の扉に序して、宇宙は意志の表現であり、意志の本体は悩みであるという、ショーペンハウエルの標語を掲げた。そして実に、この「悩み」を文学する人が詩人であり、それがまた実に「詩」という文学の表現に外ならないのだ。』

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