徳田秋声の尾崎紅葉6

小説を入力してみようチャレンジ、只今、伝記に挑戦中です。昭和3年に改造社から出版された現代日本文学全集 第18篇 徳田秋声集から「尾崎紅葉」に挑戦中です。ここでは左記の伝記を現代語訳した上、下記の『』内に引用しております。徳田秋声と尾崎紅葉の研究の一助になれば幸いです。また、今回は徳田先生の意外な告白に皆さん驚かれるかもしれませんね。

『 先生は殊に訪問客が多くて、座談が巧かったから、客のお尻が自然長くなった。晩年は殊にそうで、苦吟の「金色夜叉」が書けなかったのも、もっと深い芸術上の悩みがあったからではあるが、又芸術家の先生の生活とはそう深い交渉のない各方面の訪問客が余りに多かったことも、累を成していた。
 さて、いよいよ作品批評に入(い)るのだが、実を言うと筆者は余り読んでいない。誰のものもそうで、先生のものは寧ろ読んだ方であるが、それでもいくらも読んでいない。紅葉研究を引き受けたとき一応全集に目を通すつもりで、用意したのであったが、読んで通俗的興味のないこともないし、話術の巧いのにはつくづく感服させられるが、どう考えても私など野暮な人間の肌に合わないところがあって、全部通して読む気にはなれない。これは先生が江戸文学継承者であるというのが恐らく最も適当な批評であろうかと思われるところから来ているので、独歩氏の言うように成程洋装文学ということにも一応頷かれる点もあるけれど、先生の本領は何といっても江戸文学の脈を伝えているところにある。世界は勿論明治である。人物も明治時代の空気を呼吸している人間である。道徳観念や社会観といったようなものも、又その時代のものである。しかもそれらは全て外国文学洗練を受けない以前のもので、通俗的な人情と世俗的な道徳理念といったようなものの上を流れている。先生にはユーモアの才が多分にあったが、そのユーモアも江戸伝来の洒落が明治化されたような種類のもので、その洒落の歳分が作品の随処に横溢して、一般読者の興味をそそるところのあったのは言うまでもない。
 ずっと初期のもので、「色懺悔」が先生の出世作といってもいいのであろう。これは山田美妙が「都の花」によって斬新な言文一致で、作品の名は忘れたが、兎に角形式の全く新しい続きものを書き出した、ちょっと後のことで、文章はずいぶん捻ったものであるが、まだ小説というほどの内容形態を具(そな)えるに到らないもので、言ってみれば文章のための文章といった形のものである。一種の情緒はあるけれど、すこぶる甘い道楽気(どうらくぎ)の多いものである。これから見ると、「新色懺悔」は、ずっと進歩したもので、若い西鶴といったような、先生なりの人生に触れたところがある。
 筆者は先生が小説家というよりか、むしろ一種のスケッチライターではないかと思ったこともあるが、これは「金色夜叉」に晩年の六星霜を苦しんだということから来ているので、その他に長篇はあっても、結構のあるものが少ないように思ったからであるが、しかし必ずしもそうではない。「おぼろ舟」、「安知(あんち)ピリン」、「青葡萄」といったようなすぐれた小品もあるが、又「二人女房(ににんにょうぼう)」や、「三人妻」のような最も話しの面白い小説もある。「伽羅枕」は長篇としては初期のもので、これは先生の作家としての才分の豊かなことを裏書きしたもので、先生の理想──と言っては少し大仰かも知れないが、兎に角江戸ッ児の心意気といったようなものを、佐太夫(さだいふ)という一人の遊女によって、幽艶(ゆうえん)の才筆で浮き彫りにして見せている。文飾が余り絢爛なために却って真実味を欠いているところもあるが、作風が写実とは言うものの、外国文学の影響を受けた、所謂リアリズムの写実とはちがって、ここにも先生のうけて来た江戸文学風の、一種日本的想念というような観念が模糊(もこ)として、その文章の綾の間に漂っている。佐太夫が遊女になる動機にはドラマチックなものがあって、これをもっと近代風に翻訳することも不可能ではないし、遊女としての佐太夫の心意気などにも芸術的要素は多分にある。この心意気は、武士階級の武士道、つまり大和魂といったようなものの、やや大衆的になったもので、デカダン式に混濁し糜爛(びらん)したところのあるのは勿論で、先生はこれを相当気品のある文章で、芸術家の同感をもって書いているので、必ずしも大衆文芸には堕(だ)していない、作家としての天分のほどが十分伺われるのである。人間の運命を取り扱ったものは、先生の作品にはほかには沢山はない。この「伽羅枕」と「金色夜叉」と二つくらいのものであろう。その点でもこの作品は先生の仕事としては、他(た)の作品よりも有意義なものではないかと思われるが、芸術品としての香気(こうき)は「金色夜叉」よりもむしろ「伽羅枕」の方が高いんではないだろか。もっとも先生は大の話し好きで、場面場面の場景(じょうけい)を、少し冗漫ではないかと思われるほど、長々と描写することが得手であって──というよりもそれが西洋文学の影響を受けていない証拠で、黙阿弥の狂言などにもこれと同じだれ気味がある。もっとも「伽羅枕」はむしろその欠点の少ない方であろう。「隣の女」とか、「三人妻」というようなものには、最もそれが多い。これは先生が話術が余り上手に過ぎてるからで、調子に乗って委曲(いきょく)をつくしすぎる結果、面白くは読ませるが深味をなくする憾(うら)みがある。「伽羅枕」は初期の作品だけに、話術はそう達者ではない。むしろ余情に富んでいる方である。

 筆者は今度三つばかり読んでみた。「夏痩」、「むき玉子」、それに「三人妻」である。これは第二期のもので、先生の才華(さいか)の最も爛熟した時期のものかと思われる。これと同系のものは「二人女房」、「おぼろ舟」などで、やはり同期のものかと思われる。この期間のこの種類の作品は、恐らく先生の作家的生活の高調を楽しんだ時で、戯作脈(げさくみゃく)があると同時に、得意になって欠いているという風がある。その後段(こうだん)に感ずるようになった芸術家の煩悶といったようなものが、少しもその影を落としていない。勿論全てが純粋な客観描写で、しかも写実の筆が「伽羅枕」時代の想念にかかったものをひ脱(だつ)し来たって、別に紅葉一流の常識哲学、常識道徳といったような、堅固な批判性をそなえて来ながら、一層リアリスティックに事相人物が明瞭になって来ている。
 一体先生の作品には、この常識道徳の分子が非常に多い。その説法が到るところに出ている。筆者などもよくそれを聴いたものであるが、その説法が独特のユーモア或いは洒落と織り交ざっているので、厳粛味(げんしゅくみ)を欠くと同時に、愛嬌が加わって来る。道徳的説法は大抵処世的のもので、経済観念なぞもそれから出発していた。一体先生は人情ぶかい方で、どの作を見ても同情があふれている。センチメンタリストに陥らないのは、都会人的洒落があったからで、この第二期時代には、殊に先生の人情美に対する讃美が出ていると同時に、洒落気分が多いのである。
 「夏痩」は純然たる人情話である。圓朝(えんちょう)の作品なぞに比べて遙かにロマンチックな分子が少ないと同時に、遙かに写実的であるが、しかも人情話という点では大同小異のもののようである。ただ濃艶(のうえん)な才華と、通人風(つうじんふう)な豊富な知識が極彩色に人間を塗りあげ、涙を江戸ッ児風な洒落で緩和している点が、先生が一般の人気を呼んだ所以で、書くことの巧さに至っては類が少ない。
 以上の諸作は大抵西鶴風の形式文章に型どったもので、雅俗折衷というのであろうが、年が若いせいもあったろうし、江戸の戯作の脈をうけ継いでいたので、西鶴のような広い人生の背景がない。勿論大陸の芸術のように、その描くところの事件なり人生が、大自然や宇宙の悠久性を背景としたものでもない。自然主義以前のものは大抵そうで、客観描写といっても、ごく常識的な自然さと必然性とを具備しているだけである。』

糜爛(びらん)・・・ただれてくずれる事。
委曲(いきょく)・・・詳細でくわしいさま。

徳田秋声の尾崎紅葉7へ続く

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