骨喰藤四郎と小豆長光と三日月宗近に縁のある場所

ここ数年、日本刀の良さが顧みられているそうです。ここでは、足利家と豊臣家が所持していた骨喰藤四郎と上杉謙信が所有していた太刀の小豆長光と天下五剣で有名な太刀の三日月宗近に縁のある場所を紹介しております。

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骨喰藤四郎

元は薙刀であったが、刀に磨り上げられた刀です。足利家、そして豊臣家に渡った骨喰藤四郎は、大坂夏の陣で大阪城が燃えた後、堀の中から発見されました。現在は京都府にある豊臣家ゆかりの神社である、豊国神社が所蔵しています。神社のお隣に建っている京都国立博物館でよく展示されているため、見たことがある人は多いのではないでしょうか?
ゆかりの場所は豊臣、足利家関係の場所になります。

多賀大社

滋賀県犬神郡にあるこの大社には秀吉が太閤時代に米一万石を奉納したり、母政所の病気平癒を祈願しに参拝した神社。秀吉が書いたとされる祈願文などが同社には残っています。現存する太閤橋や奥書院庭園などは、秀吉の奉納により築造されたと伝わっています。

竹生島神社(都久夫須麻神社)

滋賀県長浜市にある竹生島神社の本殿は、秀吉が建てた伏見城内に天皇を迎えるために作った日暮御殿を秀頼が移設したもので、現在では国宝とされています。桃山時代の貴重な襖絵や壮麗な彫刻が、当時のまま現存されており秀吉の当時の天下人振りを偲ばせる遺構です。

宝厳寺

竹生島神社と船廊下でつながっているお寺で、この船廊下も豊臣秀吉の遺構の一つであり、秀吉の御座船の建材を使って作られたとされています。
また、お寺の唐門は秀吉を祀っていた豊国廟の極楽門を秀頼の命により移築したものです。豪華絢爛な門は、当時の秀吉好みを伺わせます。

安国寺

骨喰藤四郎は足利家が所有していたことでも有名です。
京都府綾部市には、足利幕府の開祖である足利尊氏ゆかりのお寺があります。元は、光福寺と呼ばれ足利尊氏の母親である上杉清子を始めとする上杉氏のお寺でありましたが、足利尊氏は室町幕府を開府した後、このお寺を安国寺と改め妻と母である清子に挟まれる形でこのお寺に眠っています。
頂点にまで登り詰めた足利尊氏ですが、彼のお墓は恐らく多くの人が想像する以上に小さく、ひっそりと立っています。見どころとしては、足利尊氏が生まれた時に使った産湯をとった井戸などが山門前にあるなど、足利家関係の史跡が多く残されているのが特徴です。他には、足利尊氏が戦で亡くなった兵士達を弔うために建てた供養塔などが境内には残されています。お寺へは綾部駅から歩いて20~30分ほどで、到着します。

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小豆長光

小豆長光の逸話は、竹股兼光の逸話ともいわれています。刀そのものが現存していないため、諸説ある逸話の一つとしてここでは、小豆長光として解説しています。
ある時、ぼろをまとった男が立派な刀を腰に佩いていた。だが、その刀の鞘は先が割れ刃が見えてしえていまっている。しかし、その男が背負っているずた袋から、小豆がこぼれ落ちるのだが、それが刃に当たるとすっぱり綺麗に割れていく。これを見た、上杉謙信の家来が名刀だと察し、男から刀を譲って貰い謙信に献上したのが始まりとされています。
所有者が上杉景勝になり、この刀を豊臣秀吉が欲したため、止む無く献上しそれ以降、行方不明となっている名刀です。ゆかりの地は、主に謙信と景勝関係の土地となり多岐に渡ります。

上杉神社

山形県米沢市にある神社で、祭神は上杉謙信。米沢城址に明治時代に建立された神社で、今でも地元の方に大切にされている場所です。

春日山神社

新潟県上越市にある神社で、上記の上杉神社より分霊され、上杉謙信を祀った神社です。この神社も明治期に創建されました。社殿は神明造で、隣接する春日山神社記念館には、上杉謙信の遺品や資料などが展示されています。

林泉寺

新潟県上越市にあるお寺で、上杉謙信の祖父である長尾能景が建立した寺院です。ここで上杉謙信は7~14歳まで生活しました。
お寺の怱門は、上杉謙信が居た春日山城から移築したと伝えられています。また、山門に掲げられる「第一義」の扁額は、上杉謙信の自筆(現在掲げられているものは複製、実物は境内の宝物館にて保存)です。墓所には、上杉謙信の墓や川中島合戦の戦死者の供養塔があります。
境内にある「宝物館」には、存命中の上杉謙信を描いたものとして現存する唯一の肖像画、直筆の書など、ここにしかない貴重な資料が公開されています。

武水別神社(たけみずわけじんじゃ)

長野県千曲市にある川中島地方にある随一の大社です。上杉謙信は、武田軍との川中島の戦いにおいて二度ほどこの神社で勝利の祈願をしています。主祭神の武水別大神(たけみずわけのおおかみ)で、京都の石清水八幡宮より勧請されました。

三日月宗近

現在は東京国立博物館が所蔵している刀で、天下五剣と称される刀の内の一振。昨刀者は三条宗近と言い、山城国(現在の京都府)で刀を打っていました。この三条宗近は何かと狐にご縁のある方で、謡曲「小鍛冶」にて天皇の命によって御剣を鍛えるにあたって、稲荷明神の助けを借りて刀を打ったり。また、この三日月宗近も東京国立博物館に収蔵される以前、個人蔵であった頃は鳴狐と呼ばれる刀と共に大切にされていました。

伏見稲荷大社

京都府伏見区にあるこの大社は、稲荷の総社とされ、朱塗りの鳥居が連綿と続き独特な雰囲気を持った場所であるため、国内外を問わず人気のあるスポットです。山頂まで踏破することを考えているなら、行き帰りを含めて2時間はみておきましょう。
この稲荷大社の山中には、三条宗近が稲荷明神の助けを借りて刀を打った際に使った井戸が残されています。御劔社と呼ばれる社殿の横には、謡曲「小鍛冶」で有名な小狐丸を打った時に使った「焼刃の水」が湧いています。

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