泉鏡花が語る尾崎紅葉

1月10日は新暦における尾崎紅葉の誕生日だそうで、おめでたい時節に生まれた文豪なのだと思いました。さて、当方は年末年始と忙しく、せっかく始めたゲーム「文豪とアルケミスト」にはしばらく触れることができませんでした。が、本日は無事にログインすることができたので、尾崎紅葉のお誕生日をお祝いすることができました!もう既に亡くなられた方なのに、ゲームの中では元気に活躍しているからお祝いすることができる…。何だか不思議な気持ちになりました。

筑摩書房が出版している現代日本文学大系3には、「尾崎紅葉、内田魯庵、広津柳浪、斎藤緑雨」が一冊の本にまとめられてあり、この中には泉鏡花が師である尾崎紅葉について書かれた文章が掲載されています。

以下、『』内の文章は上記の本より引用した箇所になります。

泉鏡花のファンの方なら、彼にとって師である尾崎紅葉は、目に入れても痛くないほど崇拝していたことをご存じの方も多いのではないでしょうか?実際、この全集に寄せられた泉鏡花の文章も最初から、かなり信仰が篤い内容で始まります。

『貫一も譲介も、要するに、紅葉先生の性格の顕現である。文壇における大金翅鳥(だいこんじちょう)の分身と言っていい。即ちその両翼の影である。』

貫一、譲介は尾崎紅葉の代表作である「金色夜叉」の登場人物です。どうやら、泉鏡花はこの作品に登場する人物のモデルだと先生の死後、声高らかに言う人達を快く思ってはおらず、謀らずともこの全集の寄稿においてその旨を正すべく、筆を執ったようなのです。更に、鏡花の熱弁は続きます。

『豆(ず)の熱海、野(や)の塩原、越(えつ)の赤倉は、皆ともに先生の名文によって世に顕著なる名所と成った。』

なんだか、どうだ!尾崎紅葉先生は実に偉大な御方だろう!と鼻息も荒く、泉鏡花が言っているように感じられるのは、自分だけでは無いと思います。
他にも、金色夜叉は当時の読み物として絶大な人気を誇ったことを、紅葉先生との思い出とともに綴った文章が続きます。

『今めかしく言うではないが、先生の筆を見よ、唯ここに、「化粧」、とだけの二字にさえ、あらゆる、百千種の白粉(おしろい)、クリームの、和製舶来を合わせて、大肌脱(おおはだぬぎ)になって塗立てたよりも美にして艶である。牡丹刷毛(ぼたんはけ)を使ったのではない、筆に含ませた一滴の墨が、雪よりも白い、文章の霊である。』

そして、急に師の文字に宿る霊について高らかに語ったりと、泉鏡花の師に対する深い愛情に驚かされたり。
また、金色夜叉が人気があった故に、尾崎紅葉が亡くなって以降、弟子や他の人が金色夜叉の続きを書くなどしていることから、

『小栗と、尚他に金色夜叉の続編がある。私は一行も読んで居ない。その読まないのは、却って、好意と友情であろうと思う。』

はっきりとそう書いています。師が絡むと途端に、強情になるあたりが泉鏡花が泉鏡花たる所以だなと、苦笑いしつつも納得してしまいます。恐らく、ご自分の中にある尾崎紅葉先生を汚したくなかったから、読まなかったし、読めなかったのではないかと推察されます。他にも、

『七たび生まれかわって文章を大成せむ。先生がいまわの言である。』

この言葉を聞いて、恐らく泉鏡花という文豪を生涯貫く骨子がこの時、生まれたのではないだろうと思いました。
もしかしたら、尾崎紅葉は本当に現代に生まれ変わっていて、小説家になっているのかもしれませんね。

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