川端康成と徳田一穂が徳田秋声について語る1

中央公論社さんが出版された「日本の文学 徳田秋声(一)」には、付録として川端康成と徳田秋声の息子である徳田一穂の対談が収録されています。個人的に、このお二人の対談の内容が非常に興味深くて息子だから語れる点などがあり気になった部分をまとめてみました。以下、『』内の文章は左記の本からの引用となります。

徳田 ところで、これは「仮装人物」に関係のあることなんですが、驚くなかれこういう手紙があるのですよ。(差出人が川端康成としてある手紙を手渡す)それは山田順子さんの手紙ですよ。
 川端 私の名前を使っているのですか。
 田 順子さんの手紙は、ぜんぶ保管しておりますけれども、これはまだどこにも公開してない。ただ一度先生に見せておいたほうがいいと思いまして。
 川端 これは不思議ですね。
 徳田 いまや死人に口なしですけれども、親父が先に死んだものだから、事件のあとまで親父が順子さんを追っかけたように言いふらされいるそうですが、そうでないことはこの手紙でわかるわけですけれども……。
 川端 私の名前を使っているのはどういうわけだろうな。この時分は、まだ私はお宅へ伺っていませんよね。』

昔は、自分の名前だと手紙を見てもらえないかもしれないと思って、他人の名前を騙ることがあったんだと、眼から鱗のような気持ちになりました。同時に、川端康成は実に多くの作家さんのお宅を訪ねていらっしゃるなあと思いました。
川端康成曰く、小山書店の「八雲」の関係で、この時期は島崎藤村先生や志賀直哉、徳田秋声のお宅へ原稿や編集の関係でよく伺っていたそうです。

川端 「新世帯」には近所の商人がみんな出ているといわれているようですけれども、それはたしかじゃないようですね。
 徳田 あれは私にもわかりません。「足迹」は私の母をモデルにして、「黴」は自分の家族をモデルにしている。それから「燗」は私の母の知り合いの勝山讃次という裁判所の書記なんかしていた人のことを書いた。「あらくれ」は、私の母の弟の半生を書いたもので、モデルはわかっています。今度この巻に入る五篇のうちで、「新世帯」を除いて、あとはみんな母のほうの材料というわけなんです。』

現代でしたら、作品のモデルは身近にある漫画や小説の作中人物に託すこともできますが、当時はやはり自分の周囲にいる人達に自分の一部を預けて執筆するのが一般的であったんだなと、改めて思いました。

徳田 ええ。それから、女の人の眼を通して現実を見るというような……私の母の目を通して人生を観察しているようなところがありますね。実は親父の古い写真を出そうと思って、あちこち探してたら、近松秋江さんの書いた私の母のお葬いのときの弔辞が出てきたのですよ。これですけれども。
 川端 (弔辞を手にして)「秋声氏多年の傑作はことごとく夫人を通して時代、人情を観察したる結果なるかの感あり、夫人のごときはその点において実にみずから筆を持たぬ無名の芸術的女性であったと申さねばならない」とありますね。
 徳田 私、秋声も秋声ですけれども、この母のほうが不当に……。
 川端 そういうことは大いに訂正されたほうがいいですよ。』

川端 私は白山の家には伺ったことはないですけれども、生島遼一さんが書いているのです。三好達治君に聞いたということで、私がたずねた時秋声先生がなんか肌脱ぎになっていて、膏薬を貼っていたというのですが、私は伺いません。林芙美子さんがこういう話を僕にしたのを、僕がだれかに話したのです。訂正するほどのこともないでしょう。
 徳田 秋声は、膏薬なんか貼ったことのない人なんですがね。
 川端 そうですか、お灸もすえたことないですか。
 徳田 お灸は若い折り、しているのを見かけたこともあるけれども、膏薬は貼ったことないです。それに子供にでもちょっと肩を叩かせるとか、お湯へ入って人に背中を流させるとかは絶対にしない人です。』

急に、なんの脈絡もなく三好達治が登場して驚いたのですが、秋声自身の考えの現れが子供に対しても出ていて、読んでいて深く感じ入りました。

川端 「足迹」「黴」「燗」の中で、正宗白鳥先生は「足迹」がいいと言うんですね。二度ぐらい書いていますね。
 徳田 田山花袋さんも「足迹」がいい、高見順さんも「足迹」がいい、宇野浩二さんも「足迹」がいいと言われている。』

秋声自身の周辺の人達には、「足迹」(そくせき)が人気が高いのが窺えますね。

徳田 それから新聞の制約もあったのじゃないですか、このへんで切ってくれというようなことで。「黴」は私もモデルになっていて、不愉快と言えば不愉快ですけれども、読んで居ても、なにもいやな感じは私自身したことはないのです。
 川端 あのなかで尾崎紅葉が亡くなるところが書いてありますね。あれで泉鏡花さんが怒ったんですか。
 徳田 なんか非常に腹を立てて……。
 川端 いま読んでみると、怒ることはないと思いますけれどもね。もっとひどいことが書いてあるかと思ったら、そうでもないですものね。
 徳田 別に紅葉先生を侮辱したわけでもなんでもない。ただ神様を書いちゃいかんということなんでしょう。』

なにげに、泉鏡花に対して理解のある徳田一穂氏の優しさがありがたいと思いました。

川端康成と徳田一穂が徳田秋声について語る2へ続く

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