正宗白鳥による谷崎潤一郞と佐藤春夫人物評伝3

正宗白鳥による谷崎潤一郞と佐藤春夫人物評伝2の続きです。中央公論社から出版された正宗白鳥の「文壇人物評論」から「谷崎潤一郞と佐藤春夫」の現代語訳を以下に全文掲載しております。手前勝手な現代語訳であるため、正確性に欠ける点があるかもしれません。その点につきましては、ご了承ください。また、正宗白鳥のこの本における章タイトルは間違いなく「谷崎潤一郎と佐藤春夫」なのですが蓋を開けてみたら、「佐藤春夫と谷崎潤一郎」の順番で綴られているため佐藤春夫パートのラストから谷崎潤一郎への移り変わりをお楽しみ下さい。

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「武蔵野少女」は小説として充実してはいないが、作者が広い世界へ足を踏み出して、あたりを見渡しているような感じはした。長篇小説の通俗化した今日、この新作にはまだしも芸術味が豊かでるとして注目していいのである。佐藤君はこれからどういう風に進んで行くか知らないが、氏が昔から持っていた奇談怪説趣味よりも、田園都会の憂鬱系統の方面で、氏が大成することを私は望んでいる。佐藤君が十数年の間に変化し発展し、或いは同じ事を繰り返していることを考えるにつけ、私は、谷崎、志賀、里見、武者小路実篤ー概して明治文学を受け継いで、それぞれの特色ある新文学を産出した大正時代の才人の文学過程について考えた。明治から大正に移ると日本の国運の進歩とともに、文学も進歩していることは認めなければならない。経済的にも、大正時代は前代よりも遙かに恵まれていたのだから、絢爛たる芸術の華が開いたのも当然なので、この時代に活躍した人々に比べると、貧乏しながら文壇の地ならしをした明治の文学者は余程割りが悪かったのだ。
 牡丹の花のような絢爛な色彩を有った芸術家は、古来日本には乏しいので、明治以来では、紅葉山人でなし、泉鏡花でなし、里見弴(さとみとん)でもなし、佐藤春夫でもなし、やはり、谷崎潤一郞である。枯淡とか簡素とか哀愁とか瀟洒とか気品とかの味わいを有った作家は多いが、絢爛の美を有った作家は少ない。絵画の方では鑑賞者の目を眩惑させる豊麗なものがあるではないかと云うかも知れないが、あれは絵具の力でごてごてしたケバケバした色を出しているだけなのだ。日本の文字は日本の絵具とは違って、絢爛豊麗な感じを、外形だけでも現わすに適しないように思われる。
 谷崎君は、新作家として類い稀な派手な色彩を発揮したために、異常に火歓迎されたが、ああいうものは早く凋落するだろうと、我々には思われていた。氏には、はじめからロマンチックな幻想を喜び、怪奇な探偵的事件を悦ばしがる傾向があって、この点佐藤君と趣味を同じくしていたらしく、「李太白」や「指紋」のような佐藤君の初期の作品を称讃して、雑誌へ紹介の労を取ったりしたのは、永井君が谷崎君の作品を引き立てたのと揆を一にしているのである。ロマンスらしいロマンスの乏しい新日本の文壇では、「李太白」や「指紋」も珍しいものにはちがいないが、しかし、佐藤君の幻想や怪異趣味の方面の作品は大したものではないと私には思われている。佐藤谷崎両氏の文学的素質の甚だ異なっていることは、前述の私の批評によっても察せられる訳である。両者とも芸術派でありロマンチストであるといわれないことはないが、そういえば、小川未明君だってロマンチストである。
 派手なものは早く凋落するのを例としているのに、谷崎君の芸術は、我々の想像に反して凋落しなかった。数多の作品を発表しながら読むに堪えないような駄物は、殆ど一つも出していないのは、外の作家に例のないことでえある。だが、平凡な群作家の間に立って鬼面人を脅かしていた趣もあった。華多くして、まことの乏しい憾み(うらみ)があった。人工の妙天工を奪っているともいえるが、谷崎君の初期の作品は、技巧の力で嘘をまことらしく描いたというよりも、嘘を嘘らしく描いていると思われることがあった。佐藤君の純情的作品とは違っていた。

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(小説について、人生の真実を見たつもりでも、それは、作者の技倆によってまことらしく描かれた嘘であることが多い。チェーホフの書簡集を読むと、スターリンに与えた書簡のうちに、彼はツルゲーネフの描いた娘や女は凡て不自然で虚偽であるといっている。それは私には意外であった。リザでもエレーナでも、「煙」のなかのイリーナでも、明治時代のツルゲーネフ崇拝党が、ロシアの真実の婦人として感激の目をもって見上げていた婦人も、チェーホフに云わせると、「ロシアの娘」ではなくって、下らないものだとのことである。外ならぬチェーホフの批評である。我々他国の読者には反駁する資格はない。これによっても、小説によって人生の真実を見ているつもりでいるのも、自己欺瞞に堕する恐れがある)

 谷崎君の初期の作品は、小説らしい小説であった。教養不良みたいな痩せ形な作品の多かった中に、くりくりとよく太った悪たれた小僧みたいな小説であった。そして、「憂鬱篇」に於いて自己の才能を悲観している佐藤君などとは異なって、自己の芸術に強い自信を有って、倦むことなくおのれの道を進んで来たようである。この作者の好んで描いたような人物は、みたところいかにも現実の婦人らしいツルゲーネフ作中の婦人が、不自然であり虚偽であるが如く、不自然であり虚偽であると云われないないこともない。だが、そういう人物が実際界に存在しているもいなくっても作者の心中には、潑剌として存在していたのだ。ツルゲーネフの描いた婦人は、「ロシアの現実の娘」でなかったかも知れないが、作者はそういう婦人に興味をもち、自分で描いて自分で楽しんでいたのであろう。谷崎君も、自分の好みにかなった婦人を現実界に求められなかったので、作中にそれを創造してそれに惑溺していたのかも知れない。春信や歌麿が自分の美人絵に自分で惑溺したであろう如くにーそう考えると、ロシアの自然派の作物も、日本の空想派の作物も、作者の態度は類似したことになって、文学史上の流派別なんかは皮相な見解となるのである。

憾み(うらみ)…残念に思うこと。

正宗白鳥による谷崎潤一郞と佐藤春夫人物評伝4へ続く

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