中野重治と小田切秀雄対談まとめ2

中野重治と小田切秀雄対談まとめ1の続きです。中央公論社が出版した「日本の文学 第41巻 中野重治」の付録38に掲載されている中野重治と小田切秀雄の対談を左記の付録から引用しまとめたものになります。『』内の文章は全て引用となります。中野重治の研究の一助となれば幸いです。

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二人の対談から“戦争に向って”をまずはご紹介しましょう。この項目では、中野重治が「歌のわかれ」を執筆することになった経緯について対談しています。

小田切 「歌のわかれ」は「革新」に発表されたのですが、中野さんと雑誌「革新」というのは、なんともとり合わせがおかしいですね。あれはどういう経過なんですか。
 中野 「革新」は、新人会の昔の知人が編集をやっていて、それがなんか書けといってきたんだ。
 小田切 「革新」は戦争の終りに近くなると、とくに極端な右翼の雑誌になりますけれども、その前、中野さんの書いたころは、広い意味での言論右翼的な雑誌です。つまり戦時型総合雑誌のニューフェイスでしたね。
 中野 それでその男のいうには、とにかくこれは右翼的な雑誌だ、しかし小説を載せたい、ぼくに書いてくれという。ただし条件がある。中国戦争が現実に進行しているということだけ認めてくれ、というわけだ。帝国主義侵略戦争というのだけは勘弁してくれーこれは、相手の方で百も承知なのだからーぼくはそんなことを書く段取りでもなし、それなら書こうというんで書きました。
 小田切 とにかくいまから見ると、そういう戦争、あるいは戦争と結びついた右翼的なものにたいして、文学的、美的にいちばんよく戦っていた小説が「革新」に出ているというのは、実におもしろいことですね。
 中野 もし事態がどうかなれば、ぼくは書くのをやめればいいんでね……。』

“戦後の文学運動のなかで”では、中野が共産党に入党したことについて話しています。
中野が共産党に入党したのは、終戦した昭和20年(1945年)になります。この年は、6月に取調中に召集され長野県へ行きますが、9月に終戦になったため、召集が解除されたため東京へ戻ります。
この年は、中野は新日本文学会創立のために働いたりと、目覚ましい活躍をします。中野はこの時、42歳でした。

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小田切 それで戦後、中野さんが共産党に入ったのはいつごろでしたか。
 中野 一九四五年末です。
 小田切 共産党の再建の仕方、進め方、そういうものについて違和感を持ったのは、どのときからですか。
 中野 はっきりしないけれど、四六年初めからはそうだね。入るなりといってもいいと思う。しかしぼくは入るとき、再入党ということをもっとはっきりさせるべきだったと思っています。
 小田切 あのへんにいろいろ問題があるわけで、戦前の革命運動およびプロレタリア文学運動がつぶれたのは、弾圧のためということが基本だが、同時に、弾圧に対してもっとよく戦えたはずのものが、充分に戦えなかったという運動のスタイル、組織の仕方、あるいは組織の運営の仕方などの、問題がいっぱいあったわけですね。戦後、実際に運動をはじめてからそういう問題が新しい形で出てきて、中野さんは「アカハタ」の文化部長として、党の政治方針や、運営の仕方について、文化面からいろいろとつっぱらざるをえないようなことが出てきた。それらが五十年問題に集約されて出てくることになるけれども、その経過は必ずしも明らかでないので、あれは中野さん自身としても、あらためて検討してもらっていいですね。いま、「群像」に連載中の「甲乙丙丁」のなかでも、その問題にもっと入ってもらいたいと思うのですが。
 中野 そうね。それはこれからの……。敗戦後再入党のことを考えると、ぼくはそのことを問題に出したんだが、総括抜きはだめだというふうに、おのれ自身にも決定的にはとらえられていなかったね。ただぼくは転向のことがあるから、その決着をつけないで再入党ということは、それはできないということは出してあるんだ。ぼくはずっと前、戦争の進行中、記録のことを書いて、われわれがノドを締められて窒息して死んでしまう、その死んでしまう瞬間まで、その記録を作ることをやっておきたい、それが窒息からまぬがれさせるかもしれないと、自分ではこう書いたんだけれども、実行はできなかった。だいたいぼくの生涯は後手後手だが、このごろ少しわかってきたような気もする。』

“このごろ、これから”では、昭和42年(1967年)1月16日64歳の中野の現況が語られています。彼は1月25日が誕生日なので、まだ63歳の時になるのでしょうか。

中野 ぼくは目が悪くなってね、去年、一昨年あたりから、人の書いたものがちっとも読めないんだね。内容がまずいか、書き方がまずいか、二、三行読むとおもうおもしろくなくなる。ところがぼくの経験によると、それは相手もまずいんだけれども、こっちの状態がよくないんだ。こっちの状態がいいときは、どんな下手なやつでも、ガーッと読めるんだ。ところがなにを読んでもおもしろくない、なにを見ても下手さ、おもしろくなさを感じるときは、こっちの状態が悪いんだね。ところがこの暮れから、少しいろんなものを読んでおもしろいんだ、それでこれはちょっとまだ見込みがあるなと……(笑)。
 小田切 それではこの辺で。どうもありがとうございました。』

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