正宗白鳥の菊池寛論2

正宗白鳥の菊池寛論1 の続きとなります。中央公論社から出版された正宗白鳥の「文壇人物評論」から「菊池寛論」の現代語訳を以下に全文掲載しております。手前勝手な現代語訳であるため、正確性に欠ける点があるかもしれません。その点につきましては、ご了承ください。

 こういう有徳の人物が国民の代表者として議政壇上に立つことは喜ぶべきことである。選挙前後の先生の人気の盛んなせいである。しかし、翻って考うるに、議会は現実の国人の生活に直ちに影響を及ぼすような言論行動の舞台であるとすると、温良有徳の人物ということは、必ずしも代表者として最高の条件であるとはいえないのではあるまいか、輪つぃは、先生の政治上の主義主張については、詳しくは知らないのであるが、雑誌上でおりおり瞥見したところによると、産児制限論者であるとともに、財産の制限論者であるらしい。土地国有主義を抱いているらしい。土地の私有禁止を説いたり、個人の私有財産を幾千に止めようと説いているのを、私はどこかで読んだことがある。…ところで、他の無産党広報車を選挙した人々は、どういう人々であったか知らないが、安部先生の応援者及び投票者は、必ずしも無産者ばかりではなかったらしい。財産を有し土地を有し、また出来ることなら、自己の財産を殖やし、所有土地をも殖やしたいと、人類共通の欲心から脱却してはいそうでない人々も、安部先生を自分達の代表者として担ぎ上げたようである。私は、そこに現代を見るのである。現代的良心を見るのである。安値浅薄なる人間的良心を見るのである。もし、安部磯雄先生の属する党派が政友派や民政派のように有力であって、議員の過半数を占める恐れがあって、安部先生も当選の暁には、自ら内閣を組織し総理大臣となって、その抱懐せる土地私有禁止などを、直ちに実行し得られるようであったなら、どうだろう?そういう右か左かに自己の運が左右される場合にでも、先生の投票者はこぞって先生を投票したであろうか。どうせ無産党が議会に多数を占める恐れはないのだから、自分達は、新聞雑誌などで新しい進んだ思想らしく説かれて、現代の知識階級の流行となっている主義の所有者たる先生に一票を投じて、現代的良心の満足を得、先生の当選の報を新聞に読んだ時、明日から土地私有禁止実行などの不安に襲われる必要なく、普選第一回の進歩せる選挙者であるという快感のみを味わい得られるのではあるまいか。
 全体無産者は有産者を打倒して自ら有産者たる幸福を占領したいのが、人間性の至極である。人間は精神的にも物質的にも、他に優越しているということにおいて自己の幸福を感じるので、婦女子でも、万人が万人同じ衣服を着るようだったら、それがどんなに美服であっても幸福を感じないに違いない。選挙でも、主義その者に即しなくっても、勝敗ということだけで、大勢が興味を覚えるではないか。

 筆が横道に外れたが、ここらで、本題の菊池寛論に返ることにする。
 改めて云う。菊池君は素直に現実を受け入れる人である。現代的良心の所有者である。帝国議会の一員となって実際の政治に参与したいという、在来の引っ込み思案の文人気質とは違った勇猛心を起こしても、民政党へは加入しなかった。そして、氏は、近き将来において、社会組織が急変して、生活が平等になって、流行作家も贅沢ができなくなるであろうと、素直に考えているらしい。(私はそう考えていない。通俗的流行作家は、これからますます栄えて、浮世の栄華を極めるようになるのではあるまいか)
 封建制度が崩壊しようとも、資本主義が滅亡しようとも、生きかわり死にかわり、人間の所有欲や愛欲が、蛇の執念の如く、なんらかの形において、人類が地上に存在する限り威をふるわないでおくものか。周囲の事情によって文学そのものが衰頽(すいたい)すれば兎に角、そうでない限りは、文学者の生活はますます不平等になって、時好に投じた作家は、ますます贅沢を味わい得られるであろう。
 菊池君は、文壇人の所有欲満足のために相応に力を尽くした人である。文芸家協会を設立されたのも、最も多く氏の力によるのであろう。戯曲の上演両が得られるようになったのも、何円か前から急激に原稿料が騰貴するようになったのも菊池君などがその道を拓いたのではないかと思われる。そして、氏に対して悪声を放つ人々も、原稿料が値上げされたり、上演料がとれたりすることには反対しそうでない。この頃円本発行書店が、しきりに芸術家の作品を極度に小品扱いしているが、商品扱いされて予想外の利益を得る作家は大して渋面をつくっていないらしい。それは今日の作家が特に所有欲に目が眩みだしたのではなくって、以前の作者は、環境が彼らをして強いて清貧に安ぜさせるようになっていたのである。
 そして、菊池君はこだわりなく現代に応じて行く。芸術的気取りに捉われないで、現代をありのままに享楽して行く。そういう点では、育ちが育ちだけに説教者めいた安部先生よりも、現代の代表者として衆議院議員の最適任者であるかも知れない。

無産党・・・無産政党の略語かと思われる。戦前の日本における合法的社会主義政党の総称。当時の有産階級(ブルジョワジー)に対する労働者など無産階級(プロレタリアート)のための政党。この当時、まだ日本共産党は非合法であったため、無産政党には含まれない。この菊池寛論が書かれた昭和三年には、日本無産党は存在していないため、この解釈で合っていると思われます。

正宗白鳥の菊池寛論3へ続く

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