横光利一の書簡と随筆集3

河出書房新社から出版された「文芸読本 横光利一」より『』内の文章は全て左記の本からの手前勝手な現代語訳をした上での引用となります。この本は、多くの文人が横光利一に寄せた文を集め、間に横光自身の書簡や随筆、写真が掲載されている本です。今回は横光による随筆と詩、俳句などを紹介しています。

◆横光利一随筆

『解説に代えて

 外国文化に影響を受けた人物というものは、日本人ともつかず、西洋人ともつかぬ、一種不可思議な人種である。これらの善悪はともかくとして、精神が虚空に浮き上がり、したがって動作が奇怪で判断に迷う場合がしばしば日常に起こっている。このような人物の良心がある悲しみを感じつつ、次の時代のある来かかった光を望んで無我夢中に進もうとした態勢を、私は「時計」の中で描いてみたかった。「紋章」と「時計」は同年の同時に書きすすめてみたのであるが、文学作品は時には読者に反省を要求したり、巻き込みを望んだりすること、作者のその時の精神の強弱に比例するとはいえ、この二作ではともかくその反対の現象を書くことに意を用いた。』

『満目季節

  妹と見し紅梅の枝折れてをる
 
 自作について疑問を書いてみたいと思う。この句、折れてをるが口語調になり品位を失うと思った。このような句は図太さがなければ古くなり、野に立つ心理が出ないように思われたので、無理にそのまま使ってみた。私は品位よりも時には主観を尊びたいので、無理をすることによって無理なからしめようと骨折ってみたい危ない考えなのであるが、この場合は日頃の癖の散文行き方のほうが勝ったのであろうか。』

◆横光利一詩集

『海

 このしののめの渚にて林檎を磨く
 海底の魚介七色の祭典峻烈にして
 おもむろに靡く海の草。海の花。

 (大正十四年一月)』

『捨子

 春になれば見よかの波は群れ来る赤子
 磯に額(ぬか)づく祈願の女立ちて望めば
 朗々と群れ寄る波の波頭(なみがしら)

 真夏はいよよ声を潜めて漫歩するなり
 緑の褥(しとね)、露の影
 ああ、はるかにはるかに遠く彼は産女の胸に昇り来る

 曠野(こうや)は叩かれて秋
 平安に帯解きて母の眼は時を追う
 空は早すでに憤怒を忘れて無言なり

 ああ母よ、捨子は磯に泣き疲れて石を投ぐ
 ただ浪々と波の音の高ければ、天心の正午も見えず
 御身何処(いづく)に

 (大正七年)』

『死
 
 さて話変って彼の番だ。
 何をし出すかあのここな曲者め。
 「諸君」と彼は言った。
 彼は唇にあてた盃をつと捧げ、
 「諸君、耳を澄まして聞き候へ、
  この一盞の酒の中にも、満干の潮がさしてござりまするぞ。」
 言い終わったとき、不意に屋根ががらがらっと落ちて来た。
 「諸君、諸君」

 (大正十二年)』

『扇子を使う

 女は林檎の模様の着物を着て、
 時には掌の上の卵をうっとりと眺むべし。
 一口の悪口にも均衡を失う男、
 あな賢きかんばせして桜かざせるは、
 自ら馬を示す。
 風吹けど延びたまま縮まざるは物の美事とは言い難いけれど、
 言いたきことあれば大の字に拡がりて美しく扇子を使い、
 われら気候の挨拶をしてみたい。

 (昭和三年五月)』

◆横光利一俳句

『ふるさとの菓子噛み割りし寒の明け

 残る雪枯草よりも沈みいる

 木橋のそり狂うあり水温(ぬる)む

 蟻台上に餓えて月高し

 また楽し友遠方の五月文
 
 日の光り初夏傾けて照りわたる

 肌に触る風しばしば新樹なり

 待つ朝の鏡にうつす青落葉

 人待てば鏡冴ゆなり青落葉

 芍薬を売り残したり花車

 膝抱きて旅の疲れや白あやめ

 栗の花ときおり思う人もあり

 栗の花ちる経たるむ腕時計

 紫陽花に霧くづれ舞う強羅の灯(箱根にて)

 眠りよるインコ真白し夏の月(同)

 梅雨曇りベルの音よく冴ゆる門

 梅雨曇り皮囊(ひのう)よく匂う朝

 梅雨晴れや手枕の骨鳴るままに

 五月雨や居ねむり顔の傷の痕(子のねむりを眺め)

 古釘や蚊帳吊り落す梅雨のあけ

 花菖蒲茎真直ぐに螢這う

 夏草の溝越え茂る街汗す

 つかの間に夏草胸を没しけり

 吹き撓(たわ)む若竹長き堤かな(中利根を行きて)

 若竹を吹き曲げにけり青嵐

 夏椿峡(はざま)の湯岩古くなりぬ

 茉莉花の香指につく指を見る

 夏菊や人衰えてたたづみぬ

 傾きて崩るるごとき百合の山
 
 松の芽の伸び美しき雲の峰(米子にて)

 河の石青みどろ濃く雷来る

 夏の花一つも見えず雷来る

 ブロニュの滝も無言(しじま)を破りをり

 ブロニュのオール少しく鳥追えり

 病院へ行く道いつも汗を拭く

 炎天の馬あれつのる峠かな

 静脈の浮き上り来る酷暑かな(飛騨にて)

 秋立つやみ仏の髪の捲きちぢれ

 耶蘇の紋彫り残したる城の秋

 藍よりも濃き花開く初秋かな(松村恭太郎氏長女出産の祝いに贈りたる書翰)

 山峡のレール秋ひき立ち迎う(強羅にて) 

 蜩(ひぐらし)や風呂わきくれば人にすすむ

 五味の実は紅に透き葉洩れ陽に

 柿の実の青き秋暑や兵士去る

 秋半ばモンマルトルの霧を思う

 二百十日額吹き流る虫の声

 二百十日塀きれぎれに蔦の骨

 墓の上の一本の樹ただに暴る(二百十日)

 あづき煮る火もとさみしき野分かな(上野俊介君の京城へ転居につき炭多く届けられる)

 畳替錐残りをる秋の宵

 でこぼこの鍋なつかしや秋の夜

 秋の夜や掘る穴の底に水ありき

 秋の夜や交番の人動かざる

 山茶花や瓣(はなびら)たまりよる石の段

 横綱と顔を洗うや冬の宿(大村にて安芸の海と同宿す)

 銃眼を残して生うる蓬かな(萩にて)

 春暁や罪ほの暗く胃に残る(正食二十日の後、ある夜ひそかに菓子を食う)

 花冷や眼薬をさす夕ごころ(ある街角の茶房にて)』

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