宇野浩二が語る織田作之助4

宇野浩二が語る織田作之助3の続きです。筑摩書房が出版した「現代日本文学全集81 永井龍男 井上友一郎 織田作之助 井上靖 集」に掲載されている、宇野浩二が織田作之助に寄せた解説「哀傷と孤独の文学 織田作之助の作品」は、織田作之助の人生と作品に対する深い愛情が差し伸べられた解説です。ここでは、左記の解説を現代語訳した上で、全文掲載しております。今回は、織田作之助の自らに注射をしての仕事ぶりについて言及しています。

織田は、『郷愁』という小説のなかで、仕事をするために、無理やりに仕事をするために、自分で、何本かの駐車を、「日によっては二回も三回もうつ」と書いたあとに、あまり注射をするので、左の腕は、「皮下に注射液のかたい層が出来て」針がとおらなくなり、しまいには、「針が折れそうに曲ってしまう、注射に痛めつけて来たその腕が、ふと不憫になるくらいだった。新吉は、左の腕はあきらめて、右の腕をまくり上げた。右の腕には針の跡はほとんどなかったが、そのかわり、使いにくい左手をつかわねばならない。新吉は、ふと不安になったが、針が折れれば折れた時のことだと、不器用な手つきで針のさきをあてた。そして、顔を真赤にして唇をとがらせながら、ぐっと押しこんでいると、何か悲しくなった。しかし、今は仕事以外に何のたのしみがあろう。戦争中あれほど書きたかった小説が、今は思う存分に書ける世の中になったとおもえば、可哀そうだといいながら、ほかの人より幸福かもしれない。」と書いている。そのように、織田は、空襲のはげしかったときでさえ、『表彰』と『アド・バルーン』という、すぐれた作品を書いているくらいであるから、その翌年の昭和二十一年には、『髪』、『道なき道』、『訪問者』、『神経』、『六白金星』、『世相』、『競馬』、『郷愁』、『四月馬鹿』、その他を、やつぎばやに、書いた。それは、はからずも、その翌年の、しかも、一月十日に、永眠するまでに、と、あとになって、思われるほどであった。
そうして、これらの小説のなかで、『六泊金星』などともに、よかれあしかれ、すぐれた作品である、『世相』は、なかに、男女の関係のことを、織田流に、簡単に、あっさりと、述べているところが、すこし多く、いくつか、あるので、好色(だけの)小説の見本のようにいわれて、一部の人たちに、けなされたけれど、あおの小説のなかの、

……十銭芸者ー彼女はわずかに大阪の今宮の片隅にだけその存在を知られたはかない流行外れの職業婦人である。今宮は貧民の街であり、ルンペンの巣窟である。彼女はそれらのルンペン相手に稼ぐけちくさい売笑婦にすぎない。ルンペンにもまたそれ相応の饗宴がある。ガード下の空き地にゴザを敷き、ゴミ箱からあさって来た残飯を肴に泡盛や焼酎を飲んでさわぐのだが、たまたま懐の景気が良い時には、彼等は二銭か三銭の端た金を出し合って、十銭芸者を呼ぶのである。彼女はふだんは新世界や飛田の盛り場で乞食三味線をひいており、いわばルンペン同様の生活をしているのだが、ルンペンから「お座敷」の掛かった時はさすがにバサバサの頭を水で撫で付け、襟首を白く塗り、ボロ三味線の胴を風呂敷で包んで、雨の日など殆ど骨ばかしになった蛇の目傘をそれでも恰好だけは小意気にさし、高下駄を履いて来るだけの身だしなみをするという。花代は一時間十銭で、特別の祝儀を五銭か十銭はずむルンペンもあり、そんなあ時彼女はその男を相手に脛(はぎ)もあらわにはっと固唾をのむような嬌態を見せるのだが、しかし肉は売らない。最下等の芸者だが、最上等の芸者よりも清いのである。もっとも情夫は何人もいる。……
語っているマダムの顔は白粉がとけて、鼻の横にいやらしくあぶらが浮き、息は酒くさかった。ふっと顔をそむけた拍子に、蛇の目傘をさした十銭芸者のうらぶれた裾さばきが強いイメージとなって頭に浮かんだ。現実のマダムの乳房への好奇心は途端に消えて、放蕩無頼の風俗作家のうらぶれた心に振る苛立たしい雨を防いでくれるのは、もはや想像の十銭芸者の破れた蛇の目傘であった。……

などというところを読めば、『好色』などというものをはるかに通りすぎている。この一節のなかには、織田の、むずかしい言葉をつかうと、庶民にそそぐ、せつない愛と、かいうれいがあり、真に孤独なたましいが、この世にうらぶれた人たちによせる、(自分も身につまされる)ふかい思いやりと、せつない涙と、共感がある。ここに、織田の、人に知れない、涙があり、詩があり、慰めがある。

宇野浩二が語る織田作之助5へ続く

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