徳田秋声の随筆集「灰皿」2

1では、田山花袋の全集について、語っていた秋声ですが、今回は森鴎外の全集を読んでの随筆を書いています。これらを読む限り、秋声のより良い作品を書くために読む、という姿勢を持っていたことが窺えます。
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徳田秋声の随筆集「灰皿」1

「私は随筆文学をあまり好かない。」から始まる印象的な徳田秋声の随筆集「灰皿」ですが、なぜこれが世に出たかと言えば、まずは出版元である砂子屋主人の好意に加え、秋声氏の息子である一穂氏が編集と校正の一切をやってくれた事が大きかったようです。当時、秋声氏は66歳。今で言えば老眼鏡が必要になっている年頃です。
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織田作之助の随筆「大阪の詩情」2

オダサクが語る「大阪の詩情」は今回で最後になります。恐らく、最後まで読み切った後は、静かに余韻に浸りたい気持ちになるかと思いますので、先におつきあい下さった謝辞を述べておくことにします。読んで下さってありがとうございました!
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織田作之助の随筆「大阪の詩情」1

個人的に「大阪の詩情」は織田作之助の随筆の中では好きな作品の一つですが、青空文庫には未掲載です。織田作之助を取り巻く、大阪界隈に潜んでいる詩情の一端に触れられたらと思います。
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徳田秋声が語る尾崎紅葉2

明治文豪伝なるものが明治40年に編纂されシリーズものとして出版されたのですが、その第一作目として、尾崎紅葉の逸話や人となりを聞き書きでまとめたものを含んだ本が出されました。その本に、徳田秋声も語り部として尾崎紅葉の思い出を語っております。今回の内容は、主に旅行や食、お子さん達についてとなっています。
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徳田秋声が語る尾崎紅葉1

明治文豪伝なるものが明治40年に編纂され、シリーズものとして出版されたのですが、その第一作目として、尾崎紅葉の逸話や人となりを聞き書きでまとめたものを含んだ本が出されました。その本に、徳田秋声も語り部として尾崎紅葉の思い出を語っておりますが、最初の出だしは泉が、泉が居て、泉が…と泉鏡花だらけですが、途中からきちんと尾崎紅葉について語り始めます。
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織田作之助の「杉山平一について」2

このコラムも、今回で最後になります。おつきあい下さった皆様方、ありがとうございました!後半の内容は、織田と杉山の友人としてのつきあいや、心置きなく色々なことを語り合う間柄であったことを感じさせます。
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織田作之助の「杉山平一について」1

織田の「杉山平一について」という随筆は、先に杉山が「織田作之助について」という文章を発表した事を受けての内容となっております。そのため先に「杉山平一が語る織田作之助1」シリーズを一読してから、こちらの随筆を読むことを推奨します。
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最晩年の織田作之助4

本コラムも、今回で最後になります。おつきあい下さった皆様方、大変ありがとうございました。今回は、作中にて「死ぬる」という表現が登場しますが、これは執筆者である小笠原貴雄が山口県出身であるため、方言をそのまま書いたものだと思われます。意味は、死ぬ、または死ぬのか、です。
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最晩年の織田作之助3

今回のコラムの最後には昭和21年4月に雑誌「改造」に発表された「競馬」の元になったとおぼしきエピソードが含まれており、読んでいて興味深く感じます。小笠原貴雄は、競馬に入れ込む織田作を気ままに生きているように受け取っていますが、「競馬」を読むと精神的にはかなりギリギリの心持ちの主人公が描かれています。競馬をやる楽しさの裏側には、やはり精神的な痛苦がある程度はあったのではないでしょうか?
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